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邪気眼-JackyGun- 第W部〜目覚ノ領域編〜

1 :名無しになりきれ:2010/06/04(金) 20:43:23 0
かつて、大きな戦いがあった。

個人、組織、そして世界をも巻き込んだ戦い。

戦士達は屍の山を築き上げ戦い、

それでも結局、勝者を産まぬまま、

戦いは、全てが敗者となって決着を迎えた。

そして、『邪気眼』は世界から消え去った――――筈だった。

2 :名無しになりきれ:2010/06/04(金) 20:46:48 0
《過去への扉》─カコログ─

邪気眼―JackyGun― 第零部 〜黒ノ歴史編〜
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1225833858/
邪気眼─JackyGun─ 第T部 〜佰捌ノ年代記編〜
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1251530003/
邪気眼-JackyGun- 第U部 〜交錯世界の統率者編〜
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1260587691/
邪気眼-JackyGun- 第V部〜楽園ノ導キ手編〜
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1267327455/

《堕天使の集いし地》─ザツダンスレ─
http://yy702.60.kg/test/read.cgi/jakigan/1265391409/l50

《世界ノ真実》─マトメウィキ─
http://www31.atwiki.jp/jackygun/


Q.ここは何をする所だ?
A.邪気眼使いたちが戦ったり仲良くしたり謀略を巡らせたりする所です。

Q.邪気眼って何?
Aっふ・・・・邪気眼(自分で作った設定で俺の持ってる第三の目)を持たぬ物にはわからんだろう・・・
 邪気眼のガイドライン(http://society6.2ch.net/test/read.cgi/gline/1261834291/)を参考にしてください。
 このスレでの邪気眼とは、主に各人の持つ特殊能力を指します。
 スタンドとかの類似品のようなものだと思っておけばよいと思います。

Q.全員名無しでわかりにくい
A.昔(ガイドライン板時代)からの伝統です。慣れれば問題なく識別できます。
どうしても気になる場合は、上記の雑談スレでその旨を伝えてください。

Q.背景世界とかは?
A.今後の話次第。
Q.参加したい!
A.自由に参加してくださってかまいません。

Q.キャラの設定ってどんなのがいいんだろうか。
Q.キャラが出来たんだけど、痛いとか厨臭いとか言われそう……
A. 出来る限り痛い設定にしておいたほうが『邪気眼』という言葉の意味に合っているでしょう。
 数年後に思い出して身悶え出来るようなものが良いと思われます。


3 :名無しになりきれ:2010/06/04(金) 20:49:03 0
世界観まとめ

邪気眼…人知、自然の理、魔法すらも超えた、あらゆる現象と別格の異形の力

包帯…邪気を押さえ込み暴発を防ぐ拘束具

ヨコシマキメ遺跡…通称、『怪物の口腔』
            かつての戦禍により一度は焼失したが、アルカナを率いる男【世界】の邪気眼によって再生された。
            内部には往時の貴重な資料や強力な魔道具が残されており同時に侵入者達を討ってきたトラップも残存している。
            実は『108のクロニクル』のひとつ
            
カノッサ機関…あらゆる歴史の影で暗躍し続けてきた謎の組織。

アルカナ…ヨコシマキメの復活に立ち会い守護する集団。侵入者はもとより近づくものすら攻撃する。
       大アルカナと小アルカナがあり、タロットカードと同数の能力者で構成される。

プレート…力を秘めた古代の石版。適合者の手に渡るのを待ち続けている。

世界基督教大学…八王子にある真新しいミッション系の大学で、大聖堂の下には戦時から残る大空洞が存在する。

108のクロニクル…"絶対記録(アカシックレコード)"から零れ落ちたとされる遺物。"世界一優秀な遺伝子"や"黒の教科書"、"ヨコシマキメ遺跡"等がある。

邪気払い(アンチイビル)…無能力者が邪気眼使いに対抗するべく編み出された技術

遺眼…邪気眼遣いが死ぬとき残す眼の残骸。宝石としての価値も高いが封入された邪気によってはいろいろできるらしい


4 :名無しになりきれ:2010/06/05(土) 19:53:43 0
「なんでって?仕事だよ。君も僕も情報収集が任務だろう?
“僕が居るところ”に“たまたたま君が居ても”おかしくはないね」

「えーえーそうでしたね隠密と一緒にしないでもらいたいですけど」
              ウ エ
一応にもレインマンは上層部である 下手な真似は出来ないが

「さっきの君の行動は全部見てたよ。
 監視対象と関係を築くというの、は確かに任務と合致している
 だがしかし・・・君は監視対象と親密になりすぎる。
 それでもって 君は『仕事』のついでに『趣味』に走るわけだ。いつもそうだ君は。
 こっちが姿を隠してきっちり監視しようと思った矢先にコレだ」

「ガッチガチの隠密規律野郎に言われたかないわよ
 それにいつも言ってるでしょうが、私の『仕事』は せ・ん・と・う
 情報収集部は建前だっての ま、あんたなら『建前でも仕事はきっちりやれ』って言うんでしょうけど」

「お陰でこちらの取れる戦術がほとんど無くなった、いい迷惑だよ…
 姿を隠してこっそり相手を倒そうと思っても、君が監視対象のそばにべったり張り付いてるんだからね。
 君が対象と距離を置いていればこんな事にはならなかったんだよ。
 君はいちおう“こちら側”の人間だ。言っておくが僕は“味方撃ち”をするつもりはない。
 まったく『趣味』と『仕事』を両立できるなんてうらやましい限り…おっと、そんな事を言っている場合じゃなかったね」
                                  カノッサ
「へいへいワロスワロス でもそれでも仕事をこなすのが大手の隠密じゃない?
 傘下の人間ごときにそんな真似させないでよね
 それに距離を取るとか無理にも程度を言うべきよ。ま、あんたみたいなモブ男に分かるわけないけどね
 で、カノッサのエージェントさんが何か用かしら?」

ピアノは雨乃の事が大嫌いだが、その仕事は唸りつつも認めざるを得ない
それほどまでに彼はやり手だ お手本のような隠密だが、だからこそ高い信頼と実績を持っている
しかしそれでも中堅でもなんでもない、平凡な一端の兵士にすぎない
それはカノッサと言う機関の強大さか、雨乃自身のの献身さか

「……もどかしいわね」

カノッサ機関のデータベースに潜り込む事自体は簡単だ だが余りにも広大すぎる
いかにピアノが最先端のハック能力を持っていたとしても、時間と処理が追いつかないのが現状
物量の差、こればかりは、いかなる宇宙の技術でも埋める事は出来ないのだ

5 :名無しになりきれ:2010/06/05(土) 19:55:21 0
「では、勝手に話をさせて貰うよ。
 話はすぐに済む、聞くか聞かないかは君らの自由だ
 1時間後に、秋葉原に爆撃が開始される」

「……っ」

びくり、とピアノの肩が揺れる

「理由は“秋葉原全域に展開された魔方陣”だ。
 あの魔方陣が何を目的としたものかは知らないが、害あるものである事は確かだ。
 しかも、魔方陣はいつ発動するか分からない。
 魔方陣の停止方法は3つある
 1つは『魔方陣を破壊する』
 2つは『強力な“魔剣”で魔方陣の組成呪式を切り裂く』
 3つは『対抗呪式を魔方陣に上書きして無効化する』

 1つ目が一番簡単だ。 
 だから、カノッサ上層部は魔方陣が発動するその前に、魔法陣を街ごと破壊するつもりだ。
 現在カノッサ前線基地では、超時空戦闘ヘリ“オッドアイ”が10機ほどエンジンを暖めて待機中。
このヘリは転移能力を備えているから、ニューヨーク流に1分間で到着だ。法螺じゃない。
 ピアノ、君でも逃げるのは難しいかもしれないね…」

「雨乃…あんた、それ分かって言ってんの?」

あえて言わなかった 切り出せなかった事を、雨乃大地はあっさりとさらけ出した
広大なカノッサの情報網の中で異常なまでに突出した狂気の沙汰を、あっさりと言ってのけた
自分自身も夢だと思っていた事を、現実としてつきつけられた

「カノッサが一都市を潰す これがどれだけ異常な事か分かって言ってんでしょうね?
 日本、ましてや世界政府が黙ってないわよ!? 世界有数の電器街であり、観光地でもあるこの都市を爆撃で消す!?
 それこそ60数年前の繰り返しよ!ふざけてるわ! もしそれが実行されるようであれば、私はカノッサに殴りこむわ、
 何も知らずに平和を満喫している人々の幸せ これはもう二度と踏みにじられない―――」

「ピ、ピアノ!」

「っ……!」

ウィスの叫びで我に帰る
思わず一歩前に出てしまっっていた。 手が白くなるほど握り締められている

「……もう、戦争はこりごりよ 争いは、見えないところで燃え上がるだけで充分
 だから、私はここにいるの、火が燃えすぎないように、火守をしてるのよ
 無関係な一般人を巻き込むのは、もう…止めて」

ピアノらしくない、か細い弱々しい声

「………」

彼女の過去に、何があったのか 延命措置で100年以上生きている彼女の過去を知る者は ここにはいない
60数年前にこの国で何があったのかも、表歴史では「戦争」の二文字で一蹴され残っていない
ただ、暴虐な歴史を繰り返すわけにはいかない それだけは確信して言えた

6 :名無しになりきれ:2010/06/05(土) 22:09:13 0
「‥‥対話では‥‥
 対話では、私は死ねない。 それに、対話ならば戦闘と同時に可能なはずだ。」

(――――死都、東京。秋葉原。)
(”あそび”の名で通るコスプレ衣装専門店、その狭い裏口で)
(コスプレイヤーの憩いの場であるその地とは程遠く無縁な、緊迫した空気が死線のように強く脆く張り詰める)

(少女の、外見とはおよそ似つかわしくない声色が緊張を切り裂いた、)
(その瞬間。)


(ゴボリ、と)
(鷹逸カの身体が、水に沈んでいた。)


……ゴボ…ッ!?

(何が起きたのか、予兆はおろかその発現すら知覚することはできなかった。)
(意識と意識が繋がれる、0.1秒にも満たないような僅かな瞬間より早く。…この空間を、水が支配した。)

(やッ、ヤバ………!!?)

(あまりに唐突すぎる危機の到来に、正常な思考能力を失っていくのを明確に感じる)
(状況の処理が追いついていない。パニック状態。これに陥った人間は、多くの確率で命を落とすことを鷹逸カは知っている)
(酸素が途切れる前に、鷹逸カは整理を試みる。…さっきまでは、確かに秋葉原という陸上にいたはずだ。……それが、一瞬にして水没した?)

(無茶苦茶だ……!! 災害系の能力者でも、準備も媒介もなしでこんな早くできる訳がねえッ!?)

(『終末』)
(少女はまさにそのものなのだと、鷹逸カは驚異/脅威と共に理解する。)
(オワリを届ける全ての現象を、彼女は実現してみせるだろう。それも特に労を要さず、まるで金管を吹く天使のように)

(まるで、黙示。)              フカ   オワリ
(ただし訪れたのは神の御遣いなどではなく、ただ深遠き『千』のヤミ)

(グブッ……! そ、ろそろ…限界……!!)

(死の瀬戸際での思考に、凄まじい勢いで消耗していく酸素。)
(このままではマズい。酸素の不足が長時間続けば、意識混濁やその他「戦場」において致命的な障害が生じてしまう)
(例えそれは一時的な発症だとしても、その”一時”で人は死ぬ。それを分かっていたからこそ、鷹逸カは何よりもまず地を蹴って、水面へ飛び出した。)


ブハッ…!! ゲホッ、ゲホ…ッ!! …みんなッ、無事かッ!!

(総員の確認をしながら、鷹逸カは天井までの距離を確認する。)
(…近い。もう目と鼻の先と表現してもいい。……天井まで満たさなかったのは、『終末』なりの慈悲だろうか)

(……いや、そんな訳はない。)                       タタカ 
(彼女はただ、失いたくなかっただけだろう。…『永の眠り』で空いた腹を満たす、死戦いの相手を。)
(このまま行けば、大規模な異能戦が展開されるだろう。そうなれば、あまりに強大な「野火」は街を容易く焼き尽くし、秋葉原は…死の街と化す)

(くそッ! 戦いを止めなきゃ……でも、どうすれば!? どうやったらあんな規格外のヤツ止められる!?)

(異能にいくら詳しくても、実際にそれを止められる手立てがあるかと言われれば、別問題)
(紙の上での学問はこうまでも無力なのかと、鷹逸カは歯がみしていると、)


「1時間後に、秋葉原に爆撃が開始される」

(この局面で、あまりに冷静な声が響いた。

7 :名無しになりきれ:2010/06/05(土) 22:10:37 0

(小柄な紳士、レインマンの発言した内容を要すると、)

…カノッサ機関は、秋葉原に現れた正体不明の魔方陣を、脅威あるものと認識。
このままだと、もっとも簡潔な破壊方法である『街もろともの全体爆撃』で、街が全て消し炭になっちまう、……そういう認識でいいんだな。

(…カノッサ機関は、旧世界での激戦で勢力を失い、衰退したというのが学会での定説だ)
(それを示す証拠も残存する遺跡でいくつか発見されている。……レインマンの発言は、それを真っ向から覆すものだった。)
(……いや、むしろ『勢力が衰退して、街を焦土にする”程度”の戦力しか動かせない』。……カノッサの全盛期を考えれば、この解釈が最適かもしれない)

(いずれにせよ、ひどい交換条件だ。)
(レインマンの発言は、『提案』。この方法を取らせないために、自分に協力しろと申し出ているものだった)

(もっとも、交渉の余地など実質、残されてはいない。暗にこれは、協力を強制しているのと何も変わりはない)
(………だが、協力したところで何が出来るのか、というのが鷹逸カの本音だった。)
(無力化の戦略は、相手との実力差が開けば開くほどその規模を大きくするのが定石だ。…いずれにせよ、被害が出るのは変わりないのでは、と訝ってしまう)


(レインマン、だっけか。こいつには何か策でもあるってのか?)
(確かに伝承じゃ、邪気眼使いが怪物退治している話をよく見るけどよ……。それを実演するんじゃねえだろうな……?)

(だが、従うしかない。)
(街ごと爆撃でもされたものなら、閉鎖された秋葉原に取り残されている人々の命を代償に捧げることになる)
(街や建物などいくらでも立て直すことができる。…だが失われた命は、禁呪を用いても、二度と蘇らせることなどできはしない。)

(不承不承、鷹逸カは頷こうとして、)


「雨乃…あんた、それ分かって言ってんの?」


(さっきまであんなに元気だった少女の、震えた声が聞こえた。)

「カノッサが一都市を潰す これがどれだけ異常な事か分かって言ってんでしょうね?
 日本、ましてや世界政府が黙ってないわよ!? 世界有数の電器街であり、観光地でもあるこの都市を爆撃で消す!?
 それこそ60数年前の繰り返しよ!ふざけてるわ! もしそれが実行されるようであれば、私はカノッサに殴りこむわ、
 何も知らずに平和を満喫している人々の幸せ これはもう二度と踏みにじられない―――」

「ピ、ピアノ!」
ぴ、ピアノ――――?

(さっきまでと同じ人物とは、到底思えなかった。)
(レイと楽しげにあんなに絡んでいたピアノは、この瞬間から、あるいはこの瞬間だけ、一人の怯える少女と化していたように思えた)

「……もう、戦争はこりごりよ 争いは、見えないところで燃え上がるだけで充分
 だから、私はここにいるの、火が燃えすぎないように、火守をしてるのよ
 無関係な一般人を巻き込むのは、もう…止めて」


(…………嗚呼、何だ。)
(最初から、迷う必要も、渋る必要もなかったじゃないか。)


(足る理由は、いまこの瞬間、得たのだから。)

8 :名無しになりきれ:2010/06/05(土) 22:13:39 0

(この若葉色に揺れる少女にかつて何があったのか)
(それを鷹逸カに知るよしはない。鷹逸カはつい最近この「非日常」に踏み入れたルーキーだ。知ることはできない。)


(だが。)


…………、一つだけ約束しろ。
……アイツを止める策なら、いくらでも乗ってやる。俺たちの頑張りで被害を食い止められるなら、安いモンだ。

………けどな。.        ヒ ト
…この街に取り残された《生命》は、絶対に巻き添えになんてさせはしねえ。
誰も死なせない。誰も失わせるわけにはいかない。………交換条件なんて出せた立場じゃねえが、…それだけだ。


(誰かの哀しみを、感じることはできる。)
(その哀しみから逃げずに、立ち向かうことはできる。)
(その哀しみに負けずに、戦い抜くことぐらいは無力な鷹逸カにだってできる。)

(それは、決して借り物の言葉などではない)
(ピアノへの同情から出た、軽い言葉などでも決してない)
(一理想論にしか聞こえない蜜月のように甘ったれた言葉だろうか。他人には嘲笑されるだろう、夢のような言葉だろうか。)


(それが、愚者が愚か者たる所以)
(そしてそれが、愚者が遙かなる旅路を歩む理由)


………絶対に、アイツを止める。                    プ   レ   ー    ト
死なせねえ。…誰も失わせねえッ!! 今こそ俺に”答”えろッッ、『戦う理由を示す石版』ォオオオオッッッ!!!


(刹那、爆発する圧力)
(無力なる青年を中心として、ヒカリがヤミに滲むように、凄まじい勢いをもって光輝は飛び火していく)

(それは、意志/遺志のチカラ)
(なすべきことをなす為の、なされなかったことをなす為の、折れず挫けぬ《絶対の意志》)

(…『世界の選択』を包む、白きヒカリ)                         フカ
(それは激情のように燃えさかり、静謐のように揺らめき、…不気味に地を浸す深淵きヤミを鮮やかに照らし出す)
(まるで炎。それも、灯火などではなく――――)


………上等だぜ。
テメェ                イノチ                     ヤミ      ヒカリ
終末の勝手な理由で無関係な生命が奪われるってなら、……そんな横暴は、この意志で撃ち払うッッ!!!

(――――天地を照らす、灼かな業火。)

9 :名無しになりきれ:2010/06/06(日) 00:42:29 O
追い詰めた、とエヴァーは確信した。

『反転空間』。創造主様が直々に、我らのために創られた異能の力が込められし一品。
発動場所から1ha以内を模造した新たなセカイを造りだす。
50人規模の小隊の潜伏先としての用途以外にも、発動範囲に敵を巻き込めば任意に“こちら側”へ隔離する事もできる優れ物。

そして一度“隔離”した以上、専用の術式を用いなければ脱出は困難。
最早、目の前の邪教徒二人は袋の鼠も同然。


「……さあ、断罪の刻である。我らが聖地の一つ“世界基督教大学”に穢れし身で立ち入った罪過……その命で贖え」

全方位から間隙ない包囲。仮にどの方向へ抜けようとしても、そこにいる同志もろともに殲滅する必殺の布陣だったが、死にかけの女はともかく《白亜の侍》も呆然と動かない。

一瞬『エヴァー』は何かの策を疑ったがすぐに止める。
たとえ何らかの異能的な罠が仕掛けられているとしても、50の『神器』による強力な異能攻撃───格を付けるならば『銘有り』に匹敵する───は物量的、威力的な要素から罠ごと敵を粉砕するだろう。
ならば、矛を納める理由など最早絶無だった。

五十の『神器』が白銀の燐光を放つ。それら一つ一つに込められし“異なる能”は

───世界を、変える。

太陽の如き凄絶な熱量の斬撃の熱風波。
空間すら歪める極大の重力の矢。
ミスリルすら粉砕する水の砲弾。
大海を切裂く大いなる鎌鼬。
そして、数多の力を食い潰し、我が物とした『イグニオン』の無限量のエネルギー球。

エトセトラ五十の異能は、五十の形に世界を変え『邪』を討つ矛となる。
主の御力を存分に振う事が許された皆の顔には狂喜の笑みが浮かんでいた。

(……これで、決まりである。
ああ我らが聖女『ネツァク』様よ。
此度の戦いも“勝利”を与えてくださったこと、感に堪えませぬ)

勝利を前に想起するは最高幹部の一柱にして《神樹の槍》の管理者。
第七セフィラ《ネツァク》───“勝利”の意を司る女人は、それに相応しい功績から『聖女』として多くの同胞が崇め奉っている。

「終わりだ、邪教徒。聖樹堂の下、永劫に《ゲブラー》様の裁きを受けるがよい。
……放てェェ!」

────────────

10 :名無しになりきれ:2010/06/06(日) 00:44:21 O
ガシャリ、ガシャリ、と自分たちを包囲する足音が聞こえる。
抗わなければならないのに、立ち向かわなければならないのに、気力は湧かない。

それは、もう黒野天使を助けられないと分かってしまったから。

(は………はは、血が止まらぬ。何故だ、どうして。
あの男の槍の効果か?最悪だ、永続的ではなくせめて即時的な効力なら、彼女を助けられたかもしれぬというのに………)

脈が、呼吸が、朝日に照らされる暗闇のように徐々に潰えていくのが否応にも感じてしまう。
結局、己が為した事は無駄に痛苦を長引かせただけ。自分がどんな力を持った所で

“理不尽な力”に蹂躙された人一人救えはしなかった。

(───嗚呼、もう、よい。みんな、殺そう。
此奴等の首をかっ切って、無間地獄に堕とそう。そして、首魁である『枢機院』とやらも)

(皆、皆、滅ぼそう)

己が“あの時”から生きた全てを否定され、冥い劣情に憑かれた彼は気付かない。
まさに今の思考そのものが、彼の嫌う理不尽とイコールである事を。
今の彼に有るのはただ“理不尽”への殺意のみ。

ふと、意識を周囲に戻す。網膜で結ばれた像が映したのは───十重二十重に自分達を囲む異能。
互いの異能が競合し最早、虹の嵐と言うに相応しいソレは、掠るだけで一片の塵芥すら残さない事は容易に見て取れる。

だが、なぜか回避する気すら起こらない。《神樹の槍》と名乗った彼らの“理不尽な力”の象徴であるそれを叩き潰してやりたいと、心の底から思ったから。

頭では無茶であると分かっている。
物量的な問題として、全力の高速回避こそが最善の道である事も。

脳と心の背反は、ほんの数瞬の硬直を喚起する。
「放て」と声が───異能の嵐が牙を剥いたのは、硬直の始まりと全くの同刻。

戦術級クラスの攻性術式群の発露。如何な存在ですら立ち向かい難い断罪の一撃。
全てを潰してやると、其を迎撃する無謀な一人の侍が交錯するほんの寸前に


───全ての異能が弾け飛んだ。

11 :名無しになりきれ:2010/06/06(日) 00:45:12 O
自分では、無い。

総計五十の異能を消し飛ばしたのは、間違いなく自分では無い。

(………何……が、いや、違う、何が起きたかは分かる。
だが、一体これは“誰が”……!?)

神樹の槍、初めはそれが答えだと思った。
可能性として一番有り得たのは『攻撃の中断』。

しかし、直ぐさま否定された。1秒にも満たぬ時間で全ての異能が消え去った事実は、こちら以上に驚愕だったのだろう。
誰一人として呆然としていない者はいなかった。

ならば、他の誰がこのような事を為せようか。
どんな『存在』が、この事実を引き起こせようか。

可能性があるのは───“一人”しかいないでは無いか。



血溜まりに倒れていた一人の白衣を纏う女が立ち上がる。
ほんの先には、一人で起き上がる事すら不可能だった筈の者が。

初対面の印象全てが塗り変わってしまったかのような。
あらゆる点で過去と隔絶していた黒野天使が。

12 :名無しになりきれ:2010/06/06(日) 12:53:05 0

・・・隠密と一緒にしないでもらいたいですけど
  ・・・ガッチガチの隠密規律野郎に言われたかないわよ
    ・・・距離を取るとか無理にも程が・・・ま、あんたみたいなモブ男に・・・

レインマンがピアノの過失をあげつらい、ピアノが言い返す。
撃たれたら撃ちかえす、言葉の銃弾の応酬。
これが、相容れぬ両者のささやかな交流だった。

「…で、カノッサのエージェントさんが何か用かしら?」
レインマンは淡々と用件を述べた。
「秋葉原の爆撃を止める代わりに、魔法陣の解除に協力しろ」と。

空気が一瞬、帯電した事にレインマンは気づく。

「雨乃…あんた、それ分かって言ってんの?」
ピアノは肩を震わせていた。

「カノッサが一都市を潰す これがどれだけ異常な事か分かって言ってんでしょうね?
 日本、ましてや世界政府が黙ってないわよ!? 世界有数の電器街であり、観光地でもあるこの都市を爆撃で消す!?
 それこそ60数年前の繰り返しよ!ふざけてるわ! もしそれが実行されるようであれば、私はカノッサに殴りこむわ、
 何も知らずに平和を満喫している人々の幸せ これはもう二度と踏みにじられない―――」

それはレインマンの知る、彼女のもうひとつの側面。
「不必要な戦を止める」という事。
その事に対する真摯さ、ひたむきさだった。
彼女の過去は知らない――だが、大らかな彼女をそうさせる“過去”が窺い知れた。

「……もう、戦争はこりごりよ 争いは、見えないところで燃え上がるだけで充分
 だから、私はここにいるの、火が燃えすぎないように、火守をしてるのよ
 無関係な一般人を巻き込むのは、もう…止めて」

あの憎まれ口を聞いているピアノがまるで別人のようだった。
(…全くカノッサのエージェントなんて、本当に損な役回りだね。)

今にも叫びだしそうな彼女の顔を見て、レインマンはの心には深い罪悪感が沸きあがる。
そういえば、これもいつもの事だという事をレインマンは思い出していた。

13 :名無しになりきれ:2010/06/06(日) 12:54:41 0
その片方でレインマンの頭脳は高速で回転していた。

――方法1魔刀遣いの彼女に協力を…“黒爪”ほどの魔刀ならば魔法陣を…NOだ、時間がない。
 ―――方法2対抗呪式の展開を…だがそれには大勢の“詠唱者”が必要・・・
  ―――ならピアノに上空から対抗呪式を描かせる?NOだ!自衛隊の高射に撃墜される
   ―――いや…まてよ呪文でなくともいい…そうたとえば・・・たとえば・・・

     たとえば“歌”とか 

       “歌”?


        QUESTION
        問 題

ここは 秋葉原 そして ここについさっきまで

   ある人物が居た それはだれか? 

        それは!
   
       三千院セレネ

        BINGO!
        正 解

カチーン!という音が雨乃の頭の中で鳴り響いた。

14 :名無しになりきれ:2010/06/06(日) 12:55:20 0
「カノッサのやり方については言い訳をするつもりはない。
たぶんこれが、君と僕らの徹底的な違いなんだろう」

「だが今は無駄な殺戮をするつもりはない。
 そして…“策”はある、“策”はあるんだ。
君を裏切るつもりはないだから協力してくれ。」

そういうと雨乃は、懐から小型のノートを取り出す。
ノートの革カバーに刺さったペンを抜き、流麗な筆致でノートに何やら書き込んだ。
それをピアノに押し付ける。

それは“楽譜”だった。

「こいつを君の“機鋼眼”でスキャンして覚えろ。
この楽譜に対抗呪式を織り込んだ。これを大勢の人間に歌わせるんだ…
それが対抗呪文となる。
え?ああ。どうやって詠唱者を揃えるかって?
簡単さ…この街の住人全員を歌わせればいいんだ。
 “君が”…ね。
何?飲み込めない?それなら単刀直入に言おう」

レインマンは、少し意地悪そうな顔をして言う。

「ピアノ、君が“三千院セレネ”になるんだ
“変形”能力を応用して彼女に化ければいい。
 声も姿も完全に模倣できるはずだ。
そして、目立つところに行ってこれを歌え。
この曲は彼女のヒットナンバー・・・らしい。
街の住人は欣喜雀躍して歌うだろう。
対抗呪式は日本語の発声に合わせて組み込んであるから…
手練の詠唱者が呪文を唱えるのと同じ事になる。
これでどこかの誰さんが描いたはた迷惑な魔法陣は抹消できるはずだよ」

15 :名無しになりきれ:2010/06/06(日) 12:58:21 0
「これが僕の策だ…ほかに方法はない。思いつかない。
この曲を歌えるのも君くらいしかいない、だから頼んだよ」

【死なせねえ。…誰も失わせねえッ!! 今こそ俺に”答”えろッッ、『戦う理由を示す石版』ォオオオオッッッ!!!】

“世界の選択”鷹逸郎の体が光に包まれる。
爆裂する光の奔流に、一瞬レインマンは眼を奪われた。

「…彼もご協力頂けるようだから、僕も彼女の足止めに協力するよ。
じゃあそういう事で…よろしくね。

レインマンは水面に立つと、黒い傘を構えて“終末の少女”に向き合った。

「水使いの僕を差し置いて水遊びだなんてよくないね?ぼくの存在意義に関わる問題だ。
 だから…僕もお相手するよ…“名前のないお嬢さん”?
 もしよければ、冥土の土産に名前くらいは教えてほしいね!」

16 :名無しになりきれ:2010/06/06(日) 21:17:11 0
《………はあ》

 必要最低限の威厳を残した簡素な学長室の中央で、布兵庵竜蹄は大きくため息を付いた。

《…やれやれ、今日は凪どころか大荒れじゃのう。》

 「アンジェラ=ベネットの不審」
 「三千院家執事の学園内潜入」
 「学園内滞在中のステラ=トワイライトを狙った『楽園教導派』の強襲」

 様々な妙を察知し、「ちょっとした連絡路」を用いて昨今の“世界のニュース”について調査を入れていた学院長・竜蹄であったが、
 調べれば調べるほど出てくるろくでもない情報に、思わず諦観の溜め息をついた。

《楽園教導派の邪気眼使い殲滅作戦…『世界』を失ったアルカナの強襲…秋葉原でも一波乱あるようじゃのう。》
《結城教授は生きておるかのう……ああ、しかし多少痛い目見た方が懲りるかもしれんな、あ奴は。》

 学院内の様子は全て竜蹄に掌握されている。
 “結城鷹逸郎教授が講義をサボって秋葉原へサイン会に行こうとしていた”事などは、もう全部まるっとするっとお見通しである。
 …ちなみに結城教授にはこの後「 そ れ な り の 処 分 」を下す事が既に竜蹄の頭の中で決まっている。みんなは仕事をサボっちゃいけないze!


《…「邪気眼使いの抹殺」…創造主様自らが仰ったというのも気になる所ではあるが……まあ、今はとにかく、目の前のコレかのう。》

目の前に詰まれた小型モニターのうちの一つに目を落とす。

そこに映るは───《鎮守の森》

17 :名無しになりきれ:2010/06/06(日) 21:19:01 0
《…ふむ、なかなか上手い具合に張られておるの。上々の術者がおるようじゃ。》

所変わって室外・《鎮守の森》前。
何の変哲も無いただの木々を見つめ、竜蹄は感心したように髭を撫でた。

《人目につかぬように、との配慮はありがたいが…生憎今回は、そうもいかぬのよなあ。》

とん、と。
手元の杖を虚空に投げ、“何か”に置くような素振りをする。

《───止マレ、【静終眼】》

右目に紅い光を宿し、森の中へ一歩踏み出す。
蚊の飛ぶような音とともに、竜蹄の片足は“異質な空間”に足を踏み入れた。

中にいたのは一個小隊、そして一人の侍と、白衣の女性。
中心で血を流し死に体のその女性こそが──竜蹄が自ら腰を上げた理由であった。


《………世界基督教大学研究員・黒野天使(クロノエンジェル)とみてよろしいな?》


背中を撫でるようなざらりとした風が、竜蹄を中心に放たれる。

「な…っ…なんだ貴様!何処から入った!?」

小隊の内の一人──白い法衣を纏った若き魔術師が、老体に杖を向ける。
それを皮切りに、数名の隊員が皺深いその男を包囲する。
杖、弓、あるいは銃や剣。構える得物は異なれど、すべての切っ先が向かうのは紛れも無く竜蹄の首元。
老人はその状況を見てふう、と溜め息をつくと、喋る事すら無意味であるように感じさせる小さな声で答えた。

《…世界基督教大学学長・布兵庵竜蹄。》

学長──その言葉を聞いた先の魔術師が、納得をしたように杖を下ろす。

「学長…なんだ、同志か?」
がちゃがちゃと武器が下りる音。
男はそれだけの肩書きで爺を仲間と勝手に判断し、両手を広げた。

「どうしてここに入ったかは知らんが…まあ、確かに今回の進出は連絡の一つも無かったからな…」
脇に佇む銃剣使いが肩を竦めて言う。

18 :名無しになりきれ:2010/06/06(日) 21:20:18 0
「成程…な。これは失礼しました。」
「だが、そう言ってもいられまい?御仁には後に改めて説明するが、我等が枢機院がついに動き出し─────」

ずぷりと液体の溢れ出る嫌なにおいと、
骸の出来上がりを告げるむさくるしいまでの死のにおいが弾けとんだ。

「────た───」

魔術師は腹部に違和感を感じ、己の胴を見やる。
そこに在るのは、杖を深々と刺し込まれた自身の肉体。

「─────の…だ………」

ガシャァン、と派手な音を立てて、魔術師が朱に倒れる。
白と黒の対比(コントラスト)で彩られた無彩空間が、水を打ったように静かになった。

竜蹄は血の滴る仕込み杖を抜き取り、ぴっとそれを振ってあたりに朱の飛沫を飛ばした。
そして静かに、ただ呟くように、眠りから起こされた老練なる獅子のように告げた。

《・……同志…か。笑わせてくれるのう…?》
「きっ……貴様ァァァァァァッ!」

激昂した剣士が身の丈ほどもある大剣を振るう。
振り下ろされた剣は真正面に竜蹄の額を捕らえ、そのまま脳髄を引き摺り出した。

そして────“それすらも残像である”と剣士が気がついたとき、既にその首は仕込み杖にて刈り取られていた。

取り巻きより少し離れた所にいた一人の術師が、背後に気配を感じ振り向く。
忍び寄られた形跡も無く、雑然とした姿勢でたった今息絶えたはずの老人が立っていた。

《残念だけど儂──》

ずぶり。

《邪気眼使いなのよね》

ずぶずぶと、まるで綿にガラス棒を埋め込むように杖は身体を貫いてゆく。

「う…うわああああああああああ!!!」

錯乱した拳銃使いが老人へ発砲する。
竜蹄はそれを傍目でちらりと見ると、ふうと一息ため息を付いた。

弾はどうしても竜蹄の胸へは届かなかった。
その一つ一つ、全てが宙に「静止」していたが故。

19 :名無しになりきれ:2010/06/06(日) 21:21:31 0
《青いのう》

弾はいつのまにかその軌道を変えていた。
くるりと180度向きを変えた弾丸が、そのまま自陣へ降り注ぐ。

少年の容姿をした銃使いは、自らの弾丸に沈んだ。


「…貴様……なんだ…一体何者だっ!!」

実力者と思われる巨大な盾を構えた男が、同志の亡骸を前にどちらかと言えば冷静な口調で言う。
ふふん、と竜蹄は鼻で笑い、愚かなる大衆どもへかっこいい名乗りを挙げてやろうとした─────!


《儂の名は布兵庵竜蹄。誰よりも【安寧】を求めし───げふぅっ!?》

刹那、殺意の波動に似た覇気が世界を包む。
完全に不意打ちだった「それ」により吹っ飛ばされた盾男の盾が思いっきり自身にHITし、竜蹄はここに来て初めてダメージを受けた。


《…………流石に今のはないわ……空気読まんかい、空気…》

強かに打ちつけた腰をさすりつつ、よっこらせと起き上がる。
他の兵団どもが反応を返す前に、再び老人は「眼」を発動させた。

《…「静終眼」》

キィィン、という音と共に“世界の全てが静止”した。
そこにあって動く物は、布兵庵竜蹄ただ一人。

竜蹄の能力「静終眼」は、万物に流れる物事を「停止」させる能力。
先ほどからこの老人は「結界と言う限られた世界の中でのみ「時」を停止させる」ことで、絶大な強さを誇っていた。

邪気の消費は事象を止める事による「セカイへの介入度」と比例する。
世界の時を止める事は流石にそうできた事ではないが、今回は時間の概念が希薄な「封絶結界」の中であるが故この「禁じ手」を使うことが出来たのだった。

20 :名無しになりきれ:2010/06/06(日) 21:23:01 0
その場に居る人間からすれば一瞬にも満たない時間で、竜蹄は天使と侍の元へ辿り着いた。

《…中々、やってくれるのう。おかげで腰痛が再発しおったわい》

何かいいたげに腰をさすりつつ、竜蹄は穏やかな口調で語り掛ける。

《先の威圧は君かの、黒野教授。まあ、まとめて潰す手間が省けたと言った────ヌゥッ!?》

背後から、殺気。
立ち込める爆煙の中から、かろうじて生き残った【神樹の槍】の隊長格、剣士と槍使いが踊り出る。

「もらったァァァァァァーーーーーッ!」

槍使いは一文字に竜蹄の首目掛けて紅の槍を突き放つ。
だが───それすらも、竜蹄の首へは届かなかった。

首に触れる紙一重で、槍は運動を停止していた。

「な…………っ!?」
《…ふむ、残念だったのう?》

空中に静止する槍に宙ぶらりんになる槍使い。
その状況を把握する前に、竜蹄の杖が彼の手首を捉えていた。

《─────静終眼、脈拍の停止》

「馬鹿な…が…ア……こ…んな……ア…アアアアアアアアアッ!」

血液の循環を停止された槍使いは、悶絶の末に目を剥いて息絶えた。
もう一人の剣士のほうは黒野の方へ向かったようだが────心配はいらぬかの、と竜蹄は加勢しなかった。


───最後の二人の亡骸を作り出し、老人は落ち着いた様子で語りだした。


《…さて、自己紹介させてもらおうかのう》

こほん、と咳払い。

《儂の名は布兵庵竜蹄。そちらの黒野教授にはご存知か───あるいはご存知無いかもしれぬが、この世界基督教大学で学長をやっておる》
《して、君らの「職業」は?答え次第で敵になるような事はおそらく無いじゃろうから、教えていただけると嬉しいのう》

あくまで穏やかに、好々爺は問い掛けた。

21 :名無しになりきれ:2010/06/06(日) 22:21:26 0
「……これは、僕としては助けてあげるべきなのかなあ? 一応仲間なんだしねえ」

空間を『切断』して世界基督教大学へと到達していた『スクランブル』は、小さくぼやく。
竜蹄の『停止』の中にありながら、彼は至って普通に喋り、後頭を掻いてさえいた。
何故か、それは彼の移動手段――即ち『空間の切断』に関連する。

竜蹄の『停止』が十全たる機能を発揮するには、大学を包む結界が必要不可欠だ。
だが『スクランブル』が空間を裂いてこの場へと至った事により、彼の結界には致命的な解れが生まれていたのである。
故にエヴァー達は、辛うじて一命を取り留めていた。
首を跳ね飛ばされた者に関してはどうしようも無いが、即死でなかった者達は辛うじて治癒術式を用いて。
また直接『停止』を施されたエヴァーに関しても、『スクランブル』が『邪気眼との関係性を切断』する事で完全な効果を防いでいた。

「……悪いけどさ、彼らは一応僕の同僚でね。あれ? 同胞だっけ? まあどっちでもいいか。
 それで、その二人には用事があるんだよね。僕がさ」

と言う訳で、と『スクランブル』は言葉を繋ぐ。

「場所を変えようか」

たった一言。
それと同時に白亜の侍とカノッサの研究者、そして枢機院の面々を飲み込む空間の裂け目が口腔を開けた。
通常であれば、これ程巨大な切断面を瞬時に作る事などは出来ない。
だがそれについてもやはり、竜蹄の結界が仇となった。
刃と言うものは、不定に揺らぐ布よりも固定された紙の方が容易く『切る』事が出来る。
結界の中であるからこそ、『スクランブル』は容易に空間を断つ事が出来たのだった。

竜蹄が『停止』を働かせる隙もなく、空間は完全に皆を飲み込み閉じてしまう。
もっとも仮に竜蹄に何か行動を起こす時間があったとしても、
強引に切り裂かれた為に崩壊しつつある結界――自分の『楽園』を修繕する事で手一杯ではあろうが。



「……さて、それじゃ気を取り直して。君が、白亜の侍かな? 何だか随分と赤黒いけど。
 ともあれね、僕は君の『白亜』が欲しいんだ。ついでに新しい剣の試し切りもしたい。
 つまり、君はとてもお誂え向きなんだ。だからやろう。だから殺し合おう」

腰に差した一振りの刀に、『スクランブル』は手を添える。
だがその刀の柄を、上から抑える手があった。
『エヴァー』である。辛くも命を繋ぎ出来る限りの治癒術式を施した『エヴァー』が、彼を静止していた。

「……奴らを仕留めるのは、あくまで我らの仕事である。そして、我らはまだ十分にやれる。貴様が出る幕も道理も、一切ない……!」

「……仕方ないなあ。好きにやりなよ。僕はここで見てるから。侍君、出来るだけ早くお願いするから、よろしく頼むよ?」

22 :名無しになりきれ:2010/06/07(月) 01:42:36 0
『コンフィング』は亡骸さえ残さず文字通り『散った』。
一片の慈悲もなく彼を屠り殺したステラ=トワイライトは、無茶な挙動で体中の筋が断裂しそうになるのを気合でどうにか繋ぎ、
ライトニングセイルの光速機動形態を解除した。左眼から翠の光が失われ、ただの色違いの眼に戻る。

「っは、――」

呼吸は断続的。ときおり咽るように咳き込みながら、肺に空気を入れ、吐き出す動作を繰り返す。
『コンフィング』ごとタケミカヅチを叩き込んだ地面は地盤を貫通し、自動車一台くらいなら容易に隠せるサイズの穴を穿っていた。
ファルシオンを穴の縁に突き立て、ハーケンの代わりにしてどうにか登りきり、穴の外へ身体を投げ出すと、そのまま仰向けになって空を見た。

(楽園教導派……邪気眼狩りの組織か。鷹逸郎さん、相当ニアピンしてたんだね)

ともあれ、どうにか生き延びた。スケート靴で綱渡りをするような、危うい延命ではあったが。

彼女は土壇場の底力というものを信用していない。ただでさえ後手に回りやすい自分のことである。"可能性"に望みを置くにはリスクが合わない。
だから、ステラの戦い方は理論と理屈による組み立てが基本なのだ。ライトニングセイルにしたって、術式の雛形は既に考えてあった。
それを試験的に運用してみようと思って調達したのがファルシオンだ。『コンフィング』戦での発動は些か尚早ではあるものの、予定調和と言える。

(実戦で使うのは初めてだったけど、思いのほか上手くいったかな。これなら『白衣』の邪気眼使いにも――)

がばりと起き上がり、

「――そうだ、アリス=シェイド!『コンフィング』に襲われてから見てないけど、どこいったんだろ」

隠れてる的なことを言ってどこかに潜みに行ったのは記憶にある。あれから研究棟へ移動したから、存在そんものを忘れていた。
『コンフィング』が助けた『プロブレム』を伴わずに一人で戦いに来たことを考えると、シェイドの方へ行った公算もある。
疑惑はあれども"自称"一般人であるからには、このまま無視してさようならといくわけにはいかないだろう。無駄な責任感は、彼女の美徳であった。

全身疲労はともかくとして、今の彼女には目立った外傷もなく、身体は十全に動く。

潰された左目は『遺眼』で代用しているし、それ以外にステラがこの戦闘でやらかした手落ちもない。
結果だけを見るなら圧勝なのだ。刻まれた小さな傷は、『創世眼』の再現作用によって既に概ねが修復されつつあった。
何よりも現在は昼間で、ここは屋外である。日光を吸収して邪気に変換できる彼女の辞書に、消耗戦という文字はない。

小休止を経て、ステラはもと居た場所へと駆け出す。人気のない構内を抜け、広場近くまで行くと、見覚えのある白い姿を認めた。
往来に出て、一人でなにやら思案顔でぶつぶつ呟いている。『プロブレム』の姿は見当たらなかった。
とりあえず、駆け寄る。

「無事だった?『プロブレム』がそっちに行ったと思ったんだけど……見ないね」

まあいいか、とひとりごちる。『プロブレム』は既に武器と戦意を喪失している。
仲間がいる状況ならいざ知らず、この期に及んで勝てない戦をしにくる道理はないとステラは考える。

「何事もないようで安心したよ。それで、――結城教授の研究室への案内、再開して欲しいな」

未だアリス=シェイドへの疑念は残る。見極める為、ステラは"努めて"無神経を演じながら、核心への外堀を埋め始めた。

23 :名無しになりきれ:2010/06/07(月) 08:14:18 0
水だ
透明で、何の味もしなくて、冷たいだけの ただの水

「…面白みがないな」

冷たい水は体力を奪い、泳ぐという行為はそれを更に加速させる
服を着たまま水に落ちれば服が水を吸い、体に張り付き不快感を与えるだけでなく 相応の重量となりこれも体力を落とす

「…人間は、本当に水から生まれたのかね」

無論冗談である、生きるために水は必要不可欠であり レイもまた、それに漏れる事がない


血も、水である


「……ふふ、狂ってるな 私は」

くすりと笑っている間も、水位は容赦なく上がっていく ああ、鷹一郎が溺れかけているじゃないか

直立姿勢のまま水に浮かぶという荒業を無意識でこなす彼女から見れば、溺れるなど笑い種でしかない
無駄な高所好きがこんなところで役立つとは誰が思っただろうか

「やれやれ…」

水のおかげか、少々頭が冷えたようだ その瞳は普段の輝きを見出している
水に濡れる黒爪を、鋭く振りかざすと

「暗夜槍≪月喰≫」

水に沈んだ地面に突き立てる

「貫け、」

そして、地面に垂直に刺さった黒爪の柄を軽く叩くと

ボコ、ン

そこを中心に直径1mほどの穴が開いた、深く 底の見えない穴
ひたすらに暴力的だった水は、重力に従い穴の中へと吸い込まれていく

「鷹一郎少年、栓を抜いておいた
 熱くセリフを語るのは構わないが、ボケッとして吸い込まれるなよ? 下水処理場に行く事になるからな」

なんともシリアスになっている彼にかけるには、余りにも馬鹿じみた言葉
いや、これは彼女なりに心配しているのかもしれない

24 :名無しになりきれ:2010/06/07(月) 08:17:55 0
「…さて」

ピアノは今までにないほどシュンと小さくなり 鷹一郎はその"意思"を大きく燃やしている
襲撃者(鷹一郎少年の言葉から"終末"とでも呼んでおこう)は今なお淡々としており
カノッサのエージェント、レインマンは何やら考え――



――ていたかと思ったら、まるで漫画のテンプレートのような動きで『閃いた!』を体現する

「カノッサのやり方については言い訳をするつもりはない。
 たぶんこれが、君と僕らの徹底的な違いなんだろう
 だが今は無駄な殺戮をするつもりはない。
 そして…“策”はある、“策”はあるんだ。
 君を裏切るつもりはないだから協力してくれ。」

しょげたままでいるピアノに足早に喋ると、ノートになにやら書き込みピアノに渡す

「こいつを君の“機鋼眼”でスキャンして覚えろ。
 この楽譜に対抗呪式を織り込んだ。これを大勢の人間に歌わせるんだ…
 それが対抗呪文となる。
 え?ああ。どうやって詠唱者を揃えるかって?
 簡単さ…この街の住人全員を歌わせればいいんだ。
 “君が”…ね。
 何?飲み込めない?それなら単刀直入に言おう」

一拍の呼吸 レインマンの顔に意地悪そうな表情が浮かぶ

「ピアノ、君が“三千院セレネ”になるんだ
 “変形”能力を応用して彼女に化ければいい。
 声も姿も完全に模倣できるはずだ。
 そして、目立つところに行ってこれを歌え。
 この曲は彼女のヒットナンバー・・・らしい。 街の住人は欣喜雀躍して歌うだろう。
 対抗呪式は日本語の発声に合わせて組み込んであるから…
 手練の詠唱者が呪文を唱えるのと同じ事になる。
 これでどこかの誰さんが描いたはた迷惑な魔法陣は抹消できるはずだよ」

「……」

早い、今の一瞬でこの策を考えたのか
ピアノの能力、そしてここ秋葉原にいる一般人が誰か
それらを把握したうえでこの策を思いついたのだろう さらにいつの間にか消えていた三千院セレネの事も考えている
カノッサの情報部も、侮れない、という事か
ピアノが喜びそうな作戦なのは、まあ割合としておこう

「……楽しそうだな」

もうすぐ終末が始まるかもしれないというのに、こいつらは何にも絶望することなく、自分のやるべき事を見出していた
私は、どうなのだろう

楽しめて、いるだろうか

25 :名無しになりきれ:2010/06/08(火) 13:48:15 0
「いいぜェ、二人でかかって来ようとこの『死』様の前には無駄ってなァ」

《成程、『死』というのが正体か》

先程の《アルターブレード》への対処から言っても眼前のアンジェラもとい『死』はその力で文字通り攻撃を殺しているのだろう。
即ちそれは目に見える攻撃がすべからく対処され得るということである。
現にトリス・メギストスは前衛のリクス・クシュリナーダを盾にしつつも『死』の隙を突いては錬金術による槍撃を織り交ぜているが一向に中る気配は無い。
壁から、地面から、あらゆる方向の材料を遠隔練成で鋭利な槍にしているにもかかわらずだ。

《見えていても防げないもの、か》

そこでトリスは発想を変えざるを得ない。時は折しも結界展開の時刻。
そして『死』はリクスと揉み合い動きの取れない状況。

《脳さえ残っていれば「生け捕り」の目的には合致するな》

「真に残念ですが、お二方にはそろそろ黙っていただきましょう」

トリスの掌に光が満ちる。

「原子崩し《メルトダウナー》」

物質を自在に操ることのできる「元素の魔道師」。
その掌には極限までエネルギーを載せられ波動とも粒子ともつかない不安定な状態の「元素」が収縮している。

やがて光はその手を離れ、哀れな犠牲者を飲み込んだ。

「加減を誤ってしまいましたかねぇ」

最早対象の生死すらも判別出来ないほど跡形も無く、ただ、クレーターが開くのみ。

「始末書は面倒なものです」


26 :名無しになりきれ:2010/06/09(水) 14:17:47 0
「なン・・・だと!?」

(リクスには攻撃が通用しない。それどころか左腕を『零凝』により封じられる)

左腕が使い物にならないのはわかったが、メカニズムが解せない以上術式を「殺」しようも無い。ならば早々に切り捨てるしかないか。

(アロンダイトを振りかぶり、自らの左腕を切り落とす)

「はッ、この程度で殺せるなンて思うなよォ」

「原子崩し《メルトダウナー》」

(逆上し、リクスのおとり戦術完全に乗せられていた『死』。ノーマークに近いトリスの重いの一撃にはたじろぐこととなった)

あのエネルギー量、まともに食らえばストックが持たんな。不本意だが撤退しかあるまい。

(アロンダイトで中空を斬る『死』。結界の「転移を阻害する性質」を殺し、ポーターで脱出する)

「ちッ、こンなところでッ」

(原始崩しの閃光の中、『死』は姿を消した)

27 :名無しになりきれ:2010/06/09(水) 14:19:44 0
【都内某所 アルカナの緊急避難箇所】

随分やってくれたな。おかげで腕をなくした。最も、そんなものはすぐに元通りだから気にするほどでもないが。

(命からがら逃げ延びた『死』。その周囲には逃走中に黄金に変えて糧とした人間の成れの果てが散乱する)

「あいつ、次は絶対にッ」

(ストックを消耗し魔力も底を尽きようとしていた『死』ではあるが、転移の直前に、黄金に変えていたリクスの右腕を切り落として当座の魔力を確保していたのだった)

後は左腕の再生を待つだけで―――



―――何というザマなの。もう一人の私まで出てきて戦果ゼロなんて。

(雰囲気が元に戻る。戦闘用人格の『死』からもとのヴィクトリアに切り替わった)

まあいい。情報は得た。大学のこと、枢機院のこと、そして何より―――

(人格とともにまるで肉体も切り替わったかのようにヴィクトリアに外傷は見られない)

あの電話相手のこととかね。

(「サンクトペテルブルク」、これが次の目的地)

28 :名無しになりきれ:2010/06/11(金) 22:53:05 0
age

29 :名無しになりきれ:2010/06/11(金) 23:47:06 0

侍と教授の邂逅は神の信者を呼び、彼らの騒乱はとある学舎の主と神の使徒を招き寄せた。

「……さあ、断罪の刻である。我らが聖地の一つ“世界基督教大学”に穢れし身で立ち入った罪過…

…その命で贖え」
(───嗚呼、もう、よい。みんな、殺そう。
此奴等の首をかっ切って、無間地獄に堕とそう。そして、首魁である『枢機院』とやらも)
《………世界基督教大学研究員・黒野天使(クロノエンジェル)とみてよろしいな?》
「……悪いけどさ、彼らは一応僕の同僚でね。あれ? 同胞だっけ? まあどっちでもいいか。
 それで、その二人には用事があるんだよね。僕がさ」

重い想いが思い思いに積み重なり、かくて世界は狂乱と化す。
……だがしかし。果たして彼らの中に気付いている者はいるだろうか?
祭の騒ぎが、遠い過去に忘れ去られていたパンドラの箱を開いてしまったという事を。



「術式装填―――――放てええっッッ!!!!」



空間が裂けた後、初めに動いたのは『枢機院』だった。
それは、彼らが裂けた空間において自身の存在を『固定』する術式を発動したが故の結果。
しかしながら、これは絶壁を下に向けて跳ぶ様な行為である。
当然ながら、そんな事をすれば彼らの肉体は無事では済まない。
だが――――それでも彼らは躊躇わない。何故なら彼等は枢機院。『創造主』に仕える子が一人。
その肉も魂も、一片残さず『創造主』に捧げる者達の狂信は、容易く恐怖を打ち崩す。
存在固定術式の反動でその肉に皹を入れながらも、枢機院の面々は武器を前に掲げ
世界を塗り替える“力”を放った。
先程の一撃をも上回る規模の、その命を削る必殺の一撃の収撃。
円形に陣を作った彼らの攻撃は、スクランブルを除く面々が出現した直後に襲い掛る。

「……先の術式は消されたが、この術式は消す事は不可能なのである。
 数十に及ぶ異なる概念を込めた包囲攻撃。異教徒よ……悔い滅びるのである……!」

己が槍の力を使い強力な治癒術式を自身にかけるエヴァーは、
胸の前で十字を切りつつ、その光景を眺める。
到達時間零秒の軍勢による攻撃。いかな強力な術者といえ無事では済むまい。

「――――なっ!?」

しかし、次の瞬間驚愕の声を挙げたのは、学園の主でも白い侍でもない。
攻撃を放った『枢機院』の面々であった。それも仕方あるまい。何故なら、

再び彼等の攻撃が消滅したのだから。


30 :名無しになりきれ:2010/06/11(金) 23:49:02 0
相殺でも転移でもない。突然の消失。
乱入者達の登場によってうやむやとなっていたが、それは紛れも無く一度目の
『枢機院』の攻撃が消えたのと同じ現象だった。
しかも先程の攻撃と異なり、今回のそれは攻撃の種類や質を全く異なる物にして放った必殺の群れ。
技術や単なる異能でどうにかなるレベルではない筈であったのだ。

そうして枢機院の面々の攻撃によって起きた粉塵が晴れる――――そこで彼らは見た。
即ちそれは、黒野天使。血染めの白衣を羽織る女教授。
先ほどまで瀕死であった彼女が、天を仰ぎながら立ち上がっている姿を。
暫くその姿勢でいた彼女は、やがてその視線を天から降ろすと言った。


「……ヘヘ、久しぶりに外に出られた。全く、この女は『眼』が強くて困るぜ(笑」


片目だけが赤く変色し、口元に横に裂ける様な下卑た笑みを浮かべた、変わり果てたその姿で。

それは、始まりにして終末。決して開いてはいけない、
黒の歴史に消えていなければならない存在との、邂逅の瞬間であった――――


31 :名無しになりきれ:2010/06/12(土) 09:54:32 0
沈む身体に、ハッと我に返る
気がつけば、水位が急激に上昇していた

「…まったく、現実ってのは一瞬すら待たせてくれないのね」

水に浮くぐらいは簡単だ、アメンボの能力を模せばいい
足の裏に電磁気板をつけて、水の電導率に合わせた電磁波を……まあ難しい事はどうでもいい

レインマンも同じように水の上に立って、何かを考えているようだった

「…過去に縛られて、情けないわね 私も」

ふー、としみじみとした言葉を吐く

「そうよ、火守なら火守らしく、大きくなりかけた火を消すべきじゃないの?」

自分に問答するように呟く 答えを迷う必要などない

「と、すれば 火を小さくする方法を考えないとね」

その目はいつものピアノらしい生き生きとした輝きが戻ってきている
ふむ、と顎に手をあて、考え始めた矢先

「カノッサのやり方については言い訳をするつもりはない。
 たぶんこれが、君と僕らの徹底的な違いなんだろう
 だが今は無駄な殺戮をするつもりはない。
 そして…“策”はある、“策”はあるんだ。
 君を裏切るつもりはないだから協力してくれ。」

「ひょ?」

疑問符を浮かべたピアノに構わず、雨乃はメモ帳になにやらさらさらと書き始める

「こいつを君の“機鋼眼”でスキャンして覚えろ。」


32 :名無しになりきれ:2010/06/12(土) 09:57:42 0
渡されたのは、楽譜

「楽譜ぅ? 私音楽なんて出来ないわよ」

「君が使うんじゃない
 この楽譜に対抗呪式を織り込んだ。これを大勢の人間に歌わせるんだ…
 それが対抗呪文となる。
 え?ああ。どうやって詠唱者を揃えるかって?
 簡単さ…この街の住人全員を歌わせればいいんだ。  “君が”…ね。」

「ハァ?ち、ちょっとタンマ!この街の住民全員に歌わせる?
 無茶言わないでよ、マインドコントロールでもそこまで出来」

「何?飲み込めない?それなら単刀直入に言おう」

「おい聞けよ」

ピアノがだんだんとイライラし始める だがそれは次の瞬間吹き飛んだ

「ピアノ、君が“三千院セレネ”になるんだ
 “変形”能力を応用して彼女に化ければいい。  
 声も姿も完全に模倣できるはずだ。
 そして、目立つところに行ってこれを歌え。
 この曲は彼女のヒットナンバー・・・らしい。
 街の住人は欣喜雀躍して歌うだろう。
 対抗呪式は日本語の発声に合わせて組み込んであるから…
 手練の詠唱者が呪文を唱えるのと同じ事になる。
 これでどこかの誰さんが描いたはた迷惑な魔法陣は抹消できるはずだよ」

「……ほう」

急にピアノが真顔になる

「ふむ… なるほどね、多人数の対抗詠唱魔法で魔法人を消すと、並列処理と声量の向上を一挙に解決できるってわけか…
 確かにセレネ様ならどんな歌でもヒット曲になるし、まずこの街にいる人がほとんどセレネファンだから…
 ………」

ぶつぶつと呟きながら思考を安定させていく 肩書とはいえ、やはり彼女も立派な情報部なのだろう

「ちょっち自前の改変施すけどいいわよね? あと誰かに手伝ってもらいたいわ、私とウィス、あと一人
 まあ簡単な仕事よ、チラシ配ってくれればそれでいいわ なんならばら撒くだけでもいい」

随分と水が引いた中で、彼女はニヤリとほくそ笑む

「さて…久々にちょっと本気だそうかしら」

33 :名無しになりきれ:2010/06/13(日) 12:56:15 0
明朗闊達に、『ハイライト』は捲し立てる。
滔々と流れる彼女の語り口はどれも過去の出来事で、しかし時の流れと言う言葉だけでは表せぬ程に今とかけ離れていた。
それ故に酷く、ちぐはぐで調子外れな音律を響かせていた。
けれども何の前触れもなしに、彼女の声は俄に抑揚を損なう。

> 「歓迎会でも送別会でもいいよ。これを最後の笑顔を決める。……スマイリィ、覚悟はできてるね?」
> 腰だめに剣を引き、そして、彼女の顔から表情が消えた。
>
> 「――戦おう」

忽ち、少女の華奢な短躯はただの一足で十の距離を踏み躙り、深く身を落として魔術師の懐へと潜り込んだ。
野猫をも凌ぐ敏捷な跳躍は『魔術師』の精神に驚愕を根付かせ、結果彼の対応を更に遅らせる。
眼下から振り上げられる大剣を避ける事は能わない。
だが咄嗟に、大剣から異能の気配が感じられない事を察知して、魔術師は『一対』の手甲を発現させる。
そして腕を十字に交差させて、渾身の力で床を踏み締め大剣を防御した。

「――駄目です!」

直後に『スマイリィ』が制止の声を張り上げ――既に少女の大剣は、魔術師に触れていた。
瞬間、大剣と手甲が激突した点に、異能の産声が兆す。
魔術師の体がいとも容易く搗ち上げられ、そのまま床から足が離れた。
『一品』『一級』等の強化は施していないとは言え、『魔術師』の全膂力を尽くしていたにも関わらず。
一体何が、などと思考を働かせる暇もなく、彼は天井近くまで跳ね上げられ壁に激突した。

「がっ……!」

衝撃に肺腑から呼気の全てを吐き出した彼は、今度は重力の鎖に囚われ落下する。
邪気眼使いと言えば大層な響きだが、対策もなしに撃たれ、刺されるなりすれば当然のように命を落とす。
優美な趣きを醸す為にか、高く作られた天井の高さから落ちても、同じように。

落下の加速と共に死が切迫する感覚に『魔術師』は表情を強張らせ目を見張り、右眼に邪気の炎を灯す。
後天的に開眼した彼は邪気の保有量が決して多くはなく、故に彼としては可能な限り温存しておきたかったのだが、どうしようもない。
せめて消費を最低限に抑えようと、彼は右手の指先のみに『一級』の硬度を付加して、壁に突き立てた。
壁面を盛大に抉りながらも、徐々に落下の速度は殺されていく。
勢いが完全に失われると、彼は何度かに分けて落下と停止を繰り返して、ようやく床へと降り立った。

「っ、気をつけて下さい! 彼女……『ハイライト』の異能は――」

物事の『反発力』に対して作用する能力である。
そしてそれはある種『魔術師』と同じく『衝突の瞬間のみに異能を働かせる』事が可能である為に、
剣や彼女の身体からは異能の気配が感じられないのだ。
その事を『スマイリィ』は告げようとして――けれども一手早く『ハイライト』が動く。

「おっとぉ、駄目だよ『スマイリィ』。そんなにすぐネタばらししちゃツマラナイでしょー? ……お友達だったのに、酷いなあ?」

『魔術師』の安否を体ごと振り向かせて視線で追った『スマイリィ』の視界をの端で、『ハイライト』の大剣が哮る。
巻き起こる暴風が『スマイリィ』の髪を揺らがせ、刃は彼女の体を突き抜ける。

「……あっちゃー、やっぱりあんたにゃ通用しないか。ま、手口バレちゃってるしねー。
 あ、そう言えばあんた髪切った? 前はあたしと同じくらい長かったのに」

風を薙いだような、大剣の重みに腕が引かれるばかりの空虚な手応えに、『ハイライト』は苦味を含有した笑みを浮かべた。
軽々とした口調で問いかける彼女からは、悔しみの情は微塵も香らない。
『スマイリィ』が彼女の能力を知っていたように、彼女もまた『スマイリィ』の能力を知っているのだから、当然と言えば当然だ。

「……髪なら、あの人に捧げました」

34 :名無しになりきれ:2010/06/13(日) 12:57:12 0
『ハイライト』とは対極に感情に乏しい、と言うよりは意図的に廃しているのか、手短な言葉で『スマイリィ』は答えた。
捧げたと言うのは、先の練議苑での戦いで既に邪気を枯渇させていた『魔術師』に、
彼女は自分の髪を異能によって『邪気に限りなく近い瘴気』へと作り替えて摂取させる事を申し出たのだ。

『魔術師』は初めこそ、身を削るような真似をしてまで尽くさなくてもいいと彼女の提案を断ったが。
結局他に邪気を回復する術もない事と、また伸びる髪だけならどうかと彼女が付け加えた事もあり、受諾する事となった。
それにしても女の命と称される髪を犠牲にする事で『魔術師』は渋っていたが、『スマイリィ』にしてみればそれはどうでも良い事であった。
彼女は『魔術師』の役に立つ事に加え、自身の一部を彼と同一化させる事にさえ成功したのだから。
噛み砕いて言うならば、食事等に混ぜるよりも遥かに効率的に、だ。



「やだやだ、ラブラブ宣言しちゃってえもう! いいもんいいもん、私はもうお仕事に生きるって決めたんだもの!」

よよよ、と身を揺らがせ、『ハイライト』は芝居掛かった泣き真似をする。
そして冗談めかした所作の中に重心移動を隠し、彼女は短兵急に大剣を横薙ぎに振るった。
けれども『スマイリィ』はそれを予測しており、危なげなく飛び退く。
更に続く、大剣の切先を床に添えて支えとしての飛び蹴りも。
着地と同時に繰り出される回転斬りも。
どれも『スマイリィ』は、回避のみに専念していた。
得体の知れない、だが確かに存在する危険の芳香に、『魔術師』は彼女らに駆け寄りながらも戦闘に飛び込む事が出来ないでいた。

「あーほらー! イイ人さん警戒しちゃってるじゃん! 『スマイリィ』のせいだよー!」

頬を膨らませながら、『ハイライト』は大剣を『スマイリィ』に放り投げる。
鈍く刃筋すら立っていない軌跡を大剣は描く。
にも関わらず『スマイリィ』は、大仰な程に上体を伏せて回避した。

「はーい隙あり!」

『スマイリィ』は重心が落ち、咄嗟の回避が不可能な体勢を強いられている。
一歩詰め寄り、『ハイライト』は彼女へと掌を突き出した。
掌底や打撃と言うよりは、軽く触れるような所作。
だが『スマイリィ』の表情は俄かに切迫に染まり――

「……良かったねえ、『スマイリィ』。また助けてもらえて」

――『ハイライト』の掌は、空を撫でるのみだった。
『スマイリィ』の背後では、『魔術師』が虚空に握り拳を突き出している。
右眼に邪気の炎を灯して。『一握』を顕現する事で『スマイリィ』の衣服を掴み引き寄せたのだ。
『ハイライト』の言葉には答えず、『スマイリィ』は更に一歩飛び退き魔術師に並ぶ。

「……すいません。本来なら、私が貴方を守らなくてはいけないのに」

苦渋の滲む唇を噛み締めて零す『スマイリィ』に、『魔術師』の眉が顰められる。
彼は何も、便利で従順な盾が欲しくて彼女を助けた訳ではない。
単純に、純然に、目の前で散ろうとしていた少女の命を救いたかっただけなのだ。
無論、現代に根ざす平等主義からかけ離れた時代錯誤の英国的な、
あまつさえそれを自らを狙った刺客にすら適用すると言う温い思想ではある。
だが彼は元々表の世界を生きていた人間であり、更に生来持ち合わせた性格も穏便温和と言うよりは寧ろ気弱に近い。
これまでは裏の世界が歩み寄ってくるばかりだった彼が非情に徹しきれないのは、当然の道理と言うものだ。

「……俺ぁ別に、お前を盾にする為に助けた訳じゃねえぞ。ちょっと、下がってろ」

故に『スマイリィ』が自己犠牲を厭わず自分に尽くそうとする様も、
やはり『魔術師』にとっては好ましくない事であった。
とは言え彼が彼女に自愛する旨を告げる度に、
彼女はそれを彼の愛情と受け取り歓喜を胸中に湧き起こすのだから、性質が悪いのだが。

35 :名無しになりきれ:2010/06/13(日) 12:58:45 0
更に並べて、『スマイリィ』がかつての友人と思しい、
『ハイライト』と敵対しているこの状況もまた、『魔術師』は好しとしていなかった。
組織の人間と裏切り者、両者が相容れる事は最早あり得ないと知りながらも。
それでも、彼はどうしても許容したくなかったのだ。
友情で繋がれていた二人が殺し合う事を。或いは、両者がそれ気掛けてもいないと言う事が。

「異能も、明かしちゃいらねえ。友達なんだろ? おいそれと売るモンじゃねえなあ」

『スマイリィ』を腕で背後へと誘導して、『魔術師』は一歩前に出た。
応じて『ハイライト』も軽やかな跳躍で、歩み出る。

「いいねえイイ人さん、ただのヒモじゃなかったんだねー!」

「……はっは、痛いトコ突いてくるなあ嬢ちゃんよ。あ、一応聞いとくんだが」

首を左右にそれぞれ一度ずつ曲げ、肩を回し、『魔術師』が尋ねる。
深く伸脚をしてから両手をの指を絡め腕を伸ばしながら、『ハイライト』は首を傾げた。

「退く気とか、ねえよな?」

「あったりまえじゃん」

『ハイライト』の答えと同時に、両者は床を踏み締め、疾駆する。
彼女は『魔術師』を射程に捉えるや否や掌を突き出し、だが『魔術師』は体を僅かに横に逸らしてそれをすり抜けた。
能力は依然として分からないが、少なくとも触れてはいけない事だけは『スマイリィ』の立ち回りから分かっている。
半身の状態から、肘から先のみの動きで裏拳が放たれた。威力は然程でもなく、しかし深く浸透する。
『スマイリィ』に向けた物と同じ、肺腑や心臓の機能を阻害して戦闘不能へと陥れる一撃だ。

「へっへーん、効かないもんねー!」

けれども『魔術師』の鞭の如き剛拳は彼女の胸に触れた途端、あらぬ方向へと弾かれた。
腕に体が引っ張られ、揺らぐ程の勢いで。
太ったと言う割には薄い胸を張る『ハイライト』に、目立った迎撃をされた訳でもないと言うのに。

「そしてー! 隙だらけだよんっ!」

腕を弾かれ無防備に開いた『魔術師』の胸元へ『ハイライト』の掌が迫った。
異能の芳香は感じられないただの華奢な手だが、『魔術師』は確証のない脅威を確信を覚え息を呑む。
そして俄に音を荒げた動悸から五体へ送られる衝動に従って、その場を飛び退いた。
右の眼に紅を灯し、『一級』の瞬発力を得て。

「むー、見かけによらず素早いぞイイ人さん! じゃあ私はちょっとズルっこしちゃおうかな!」

筋交い状に重ねた両手が突き出され、『ハイライト』の前に術式を示す円陣が燐光によって描かれる。
然程複雑でない紋様が意味する効果は、『召喚』。
予め指定しておいた物を手元へ呼び寄せるだけの、単純極まる術式だ。
術陣の光は徐々に淡く収束し、僅かな蛍火を残して潰え、代わりに虚空から一つの物品を産み落とす。
虚空重ねていた掌を分ち、彼女は右手で受け止めた。
彼女の小さな手でも覆い隠せる程度の、白い何かを収めた小瓶を。

「へっへー、取出しましたるこの小瓶! 実は枢機院の特別な加護が施された特注品! 今ならお値段何と三万九千八百円のさんきゅっぱ!」

滔々と冗談を紡ぎながら、彼女は小瓶の蓋を一挙に捻った。
そして右腕を体に巻き付けるように大きく振り被り、『魔術師』を正面に捉え横薙ぎに払う。
殆ど不可視に近い、しかし今度は微かな異能の香気に『魔術師』は回避を図り跳躍を――

「……なんて事はなくて、ただの食卓塩なんだけどね。私の異能にかかればー」

――する事が、出来なかった。

36 :名無しになりきれ:2010/06/13(日) 12:59:26 0
足が地面と溶け合い一体化したかのように、離れない。
見てみれば『ハイライト』は片膝を突き、小瓶を握り込んだままの右手で床に触れている。
それが自分に何らかの効果を齎している事までは、『魔術師』は理解出来た。

だが、そこまでだ。
床から離れぬ足をどうにかする術も、異能の気配を振り撒き迫る食塩を躱す術も、彼が思索する時間は無かった。
緩慢な放物線を描いた白い粒子は『魔術師』の体躯に触れる。
そしてそのまま止まる事なく彼の堅牢な岩盤の如き筋肉を貫いて、更に体内を突き抜け背中から脱出さえ果たした。
細やかな無数の穴が『魔術師』の五体に残り、一拍遅れて鮮血が至る所から噴き出す。


彼女の能力は、『反発』に対する管理権限である。
そして人と言うのは歩行走行跳躍と自らの足を以って動く際、地面を蹴り、その反動を推力とする。
作用に対して『反作用』が、自分の力に『反発』して働いてくる力があるからこそ、人は歩き、走り、跳ぶ事が出来るのだ。
ならばもしも、如何に床を蹴ろうと力が『反発』してこなかったら。
異能によって床からの反作用が完全に相殺されていたら、何が起こるか。
結果は『魔術師』の晒す態が、全てを物語っているだろう。

そして『反作用』を消失させる事が出来ると言う事は。
本来物が物に衝突する際に発生する『運動エネルギーの喪失』、即ち『停止』の現象さえ、現象から排除出来ると言う事でもある。
例えば雨粒が人体に対して『停止』する事を忘れたら、どうなるか。
一ミリにも及ばない水滴は漏れなく全て槍と化け、人は瞬く間に風穴だらけの骸と果てるのだ。
丁度全身を今の『魔術師』の腕から胸、背中にかけて刻まれた傷に塗れさせて。

とは言えこれは『ハイライト』の管理権限から多少逸脱した、言わば『越権行為』であり。
その為消耗が激しくおいそれと使えぬ物ではあるのだが、通常の権限運用では分が悪いと彼女は断じたのだろう。


「……っ!」

愛する者の惨劇を受けて『スマイリィ』は驚愕に息を呑み、
傷の内側で紅蓮が産声を挙げたかのような痛みに『魔術師』は悶絶の吐息を零す。

「あっはっは、素敵だねーイイ人さん。公園のど真ん中に噴水として飾っておけそうだよ。あ、でもちょっと灰汁が強すぎるかな?
 しょうがないから公園よりちょっと狭いけど、私の部屋で我慢してもらおっかな! ……『スマイリィ』と並べてさあ?」

床に添えた右手は離さぬまま上体を起こし顎を上げ『魔術師』を見下すようにして、
『ハイライト』はそれからちらりと横目に『スマイリィ』を見遣る。
挑発の色を多分に含んだ視線と、切迫に染まり切った視線が交錯する。
両者は途端に、相互に変化を及ぼした。
前者は無機質な刃へ、後者は憎悪の炎へと。

両手の指を鮮鋭な刃と変えて、『スマイリィ』は瞳から溢れる憎しみに表情を燃やす。
悪鬼羅刹もかくやの形相で、彼女は野獣の如き臨戦態勢を取った。
彼女も『魔術師』と同じく『床からの反作用』を奪われてはいる。
だが彼女の異能を用いれば足だけを一時切り離し、怨恨のみで岩へと齧り付いた生首宛らに『ハイライト』へと襲い掛かる事は出来る。
その事を解しているからこそ、『ハイライト』は微かに腰を浮かせ、いつでも飛び退けるように備えていた。
自身の『反発力』を強化すれば、一瞬の内に離脱が可能だ。
ともすれば『スマイリィ』には猛獣をも欺く跳躍だけではなく、一瞬の間隙を突く事が必要とされる。
緊張した空気が含有する成分は、如何様にもし難い膠着状態を築き上げた。

「……よせやい。友達同士で睨み合うなんざ、怖気が走らあ」

二人の少女の視線は、殆ど同時に声の主、『魔術師』へと靡く。
色彩は異なれどいずれも剣呑な視線を受ける彼からは、既に噴水のような出血は見られなかった。
とは言え彼はただ単に、全身の筋肉を隆起させて血管を圧迫する事で無理矢理止血を図ったに過ぎない。
見た目こそ盛り上がった筋肉の鎧によって猛々しく見える。
だが傷付けられた内臓系まではどうしようもなく、彼の口の端からは一筋鮮血が零れていた。
邪気による治癒力を『一応』高めてはいるが、然程の効果は望めない。

37 :名無しになりきれ:2010/06/13(日) 13:00:28 0
「おー、見かけ通りにタフだぞイイ人さん! ……だけど、私の異能は分かったのかな? ついでにその対策は?」

『スマイリィ』に向けていた警戒心は何処に消えたのやら、
何処までも明朗な様子で『ハイライト』は『魔術師』と接する。
笑みは浮かべず、ただ語調と雰囲気のみが溌剌としている彼女の様は、分り易く異様な雰囲気を放っていた。

「はっはっは、それがな。困った事にさっぱり分からねえんだわ。手応えとか、その辺に関係してるたあ踏んでるんだが、どうよ」

「うーん、三十点! テストの小問だったらギリギリ三角が貰えなくてピン貰う感じかな!」

「手厳しいなあオイ」

「いいんだよ〜? 『スマイリィ』に泣きついたって」

「冗談キツイな。言ったろ? お友達は売るモンじゃねえって」

「あっはっは、相変わらずカッコイイ事言うねーイイ人さん。でもさあ?」

声の調子だけで笑ってみせた『ハイライト』は一度目を閉ざす。
そして、

「……力のない人がそんな事言ったって。惨めなだけなんだよー?」

再び光に晒された双眸が讃える冷冽な刃の眼光に、『魔術師』は戦慄する。
しかして短兵急に、右眼に邪気を充填し拳を構えた。
足は動かずとも、防御の術は幾らでもある。
『一面』の壁を築いても、『一陣』の風を呼んでも、『一握』の邪気によって塩粒を掴み取ってもいい。
ただでさえ少ない邪気を浪費するのは多大な不安ではあるが、
そうしてのらくらと回避を重ねて打開策を模索する他、現状に手はない。
非常に見苦しく『彼』の気質にそぐわぬ戦法ではあるが、『魔術師』はその事実に意図的に目を背ける。
今ここで情緒の安定を損ね、その維持に邪気を消費するような事は出来ないのだ。

――だが、『ハイライト』は動かなかった。
ただ床に右手を置いたまま、不動の体勢を貫いている。

「……例えばさあ、イイ人さん」

ぽつりと、彼女が呟いた。

「イイ人さんは今床に立っていて、床はイイ人さんを支えてる。……だけど、
 急に床が、地面がイイ人さんを支えてくれなくなったら、どうなるんだろうね?」

つまり作用と反作用の相殺ではなく、立っていると言う作用のみが働くようにしたら。
『ハイライト』の言わんとする事は、そう言う意味だ。
そしてその解とは、

「……バイバイ」

果てしない、深淵への落下である。
『魔術師』の足元が綺麗に崩れ、深き奈落へと変貌する。
体勢を崩しながらも彼は穴から這い出るべく、既に肩の高さにまで
迫り上がっている床へと手を突き――その部位さえも足元と同じく手応え虚しく崩落した。

体が完全に穴に消える刹那彼の視界の端に、悲痛な面持ちで彼へと手を伸ばす『スマイリィ』が映った。
だが、彼女の手が届く事などはついぞ無く、為す術ないまま『魔術師』は底知れぬ暗闇へと沈んでいった。

数秒、『ハイライト』は『魔術師』の没した大穴を見据えていたものの、すぐに目を逸らし立ち上がった。
最早『魔術師』に助かる術などない。
後は膨大な圧力で肉塊と成り果て、それでも更に落ちていき、
マントルから核に掛けて圧倒的な熱量で完全に消滅するだけなのだと、能力者である彼女が誰よりも知っているのだから。

38 :名無しになりきれ:2010/06/13(日) 13:01:24 0
そして『ハイライト』の目は呆然の観を示す『スマイリィ』へと注がれる。

「……おかえり、『スマイリィ』」

敵愾も感慨もなく、『ハイライト』は淡泊な音律を紡ぐ。
『魔術師』の末路に対してか彼女の言葉に対してかは定かでないが、
ともかく放心の中に一抹の疑問の色を滲ませて、『スマイリィ』は壊れた玩具のような挙動で『ハイライト』を視界に収めた。

「……あんたは邪教の徒達に敗北して、だけど奴らに取り入り唆す事でここまで誘き寄せた。
 そして目論見通りあんたの仇敵は死に、その仲間達もここへ援軍としてやってくる『セフィロト』様方によって殲滅される。
 結果として邪気眼使い達の裁きに成功した。全部あんたの算段通り」

呑み込めていないのは現実か、『ハイライト』の言葉が意味する所か。
目立つ反応を見せない『スマイリィ』に、けれども彼女は続ける。

「イイ人さんには悪い事をしたけどさ、邪気眼使いだったらその魂は『ゲブラー』様の元に引き寄せられる。
 当然酷い目には遭うだろうけど、あんたの異能なら折を見て救い出す事だって、出来るでしょ?
 全てが良いように収まるじゃない。……だから、そう言う事にしとくんだよ?」

39 :名無しになりきれ:2010/06/13(日) 20:28:13 0
「これより俺達は『枢機院』へ殴り込み、旅団の奪取と『デバイス』の輸送、それから邪気眼狩りの真相を確かめに行く。
 姉さんには護衛を頼みたい。報酬は言い値を出そう。……そうだな、上手くやれば聖遺物なんかもあるかもしれん。」
「やっぱり、ね。いいわ。私も枢機院にはちょっと思う所あったし。ただしお代はキッチリ徴収。私の腕は高いわよ?」

懐から愛用のソロバンを出し、ぱちぱちぱちと幾つか弾く。こんなもんでどうかしら、と数字を出してヨシノに見せた。
一瞬、とても嫌な顔をされたがよくあることなのでスルーした。

「払えない額じゃないでしょ?それにお金を貰う以上、アンタの扱いは依頼者になるしね」

裏の仕事人には、守るべき三つのものがある。一つは自分の命、二つ目に依頼者の命、三つ目に頼まれた依頼だ。
ヨコシマキメ遺跡では「同行者」として見捨てたりオトリにしたりと利用されまくったヨシノだが、金が絡めばその扱いは一変する。

「払うもの払えば、一応、私の命の次に守るべきものとして扱ってあげるわ」

本来顔があるべき場所に貼り付けた営業スマイルで、何でも屋・アスラは微笑んだ。
───まあ、とはいえ結局ヨシノであることには変わりないので、通常の対応やリアクションがそう変わるわけではないのだが。


「シナリオはこうだ。命の危機に瀕した『デバイス』は、最期の力を振り絞って<ブレイントレイン>を発動。
 そこへ"たまたま"通りがかった俺こと『ただの学生』の脳内に思念転移してしまう。俺はあくまでただの被害者ってとこがポイントだ。
 『デバイス』はその思念転移でほぼ全ての力を使い果たし、脱出は不可能。魂留契約も他者の肉体の中にまでは適用されない。
 従って、囚われた『デバイス』を解放するには『檻』である俺ごと『枢機院』に迎え入れて、そっちの術者に摘出してもらわねければならない」

「…ふうん。相変わらず情報整理と戦略眼は一人前ね。うん、悪くない作戦だわ。」

ヨシノの広げる「オペレーションLO」を(エルオーが何の意味を持つのか非常に気になる所ではあったのだが)一通り聞き、アスラは満足そうに頷いた。

作戦は内部への侵入を主とする。
【旅団】を奪ったゲブラー様とやらにお目通り願えるかはちょっとした賭けであるが、それでも敵の本部へ入り込めればめっけもんだ。
それに、ステルスミッションはアスラの得意とする所でもある。適当なところで案内役を撒いて行動するという手も無くは無い。

「10分後ね?そーねえ、怪しまれない装備っつったら精々…トランク一つ分ってところかしら。……え、絹衣?着るの?…着ないの、ふーん。
 …りょ、う、か、いと。じゃ、ちょっと準備してくるわ。待ってて」

踵を返し、自室へ向かう。
何故だか人っ気の少ない大学を遠慮無しに駆け抜けながら、さっそく修道女は潜入後のシミュレートを開始していた。

40 :名無しになりきれ:2010/06/13(日) 20:29:02 0
【世界基督教大学、女性というには色気に欠けすぎる修道女の寮室】


「…ええと、コイツとこれなら…あれ、アレどこやったっけなあ…」

壁が回り、床が抜け、天井がズレる。
全く寮とは思えないほど多彩な隠し収納を広げながら、アスラは手当たり次第の剣・弓・銃はたまた魔道書などを広げていた。

トランクの中は小刀や拳銃などで既に五割埋まっている。
おまけに二重底で、一段目が世界基督教大学公認「どこでもお祈りセット」(彼女は「アホの極み」と呼んでいるが)になっているという用意の周到さである。


───これからほぼ単騎で敵陣に向かうというのに、修道女は軽く微笑んでいた。
好事家に見せれば億は下らない秘薬の瓶をトランクの中へ放り投げ、アスラは堪えきれずにふっと笑いを漏らす。

「……楽しくなってきたわね」

楽しい。
そう、楽しいのだ。

ヨシノの考える策は今の状況での最善の策ではあったが、それだって穴はある。
「ヨシノが邪気眼使いである」という事が見破られれば、敵のど真ん中に放り出されるハメになるだろう。

だが───それがどうした、とアスラは考える。

確かに、不安要素は多段にある。だがそれらは全て、「そうならなければいい」という事。
それに、仮にこの作戦が失敗して彼女が死ねば、アスラという仕事屋はそこまでの奴だったというだけの話だ。

彼女には、「どんな仕事だろうが必ず生き残って帰る」という矜持がある。
そして更に嬉しい事には、生きて帰ってくる事ができれば、より次に死ぬ確率を下げる事ができる。


だから今回も───修道女は笑っていたのだった。


ぱたんとトランクを閉めて、ロザリオを首に掛ける。
すう、と三度深呼吸をした後に、「受難の学生の相談をうける善良なシスター」坂上明日香はしゃんとした足取りで道程を歩み始めた。

41 :名無しになりきれ:2010/06/13(日) 20:45:09 0
「芳野君、具合はどう?」

既に準備を終えていた芳野の後ろから、絹擦れの音すら聞こえてきそうな静かな足取りで坂上明日香が歩み寄る。
彼女の「裏」の顔を知っている人なら誰もが飲物を10メートルは噴出しそうな天使の声(エンジェルボイス)で、芳野に語りかけた。

「…大丈夫…みたい、ね」

ぴと、と芳野の額に手を当てて、ひとまず熱の有無を確認。
それから明日香は少しぼーっとしたように視線を外し、やがてハッとしたように顔を上げた。

「…あ、その…ごめんなさい。実は私、こんな事って初めてだからまだちょっと困惑してて…でも、きっと芳野君の力になれるとおもうから、ね?」

それすらも演技である。

少しかがんで視線を合わし、上目遣いに覗き込む。表情は目を細め、「ニコッ」という擬音が聞こえてきそうな微笑。
それから明日香は『デバイス』の方へ顔を向けた。

「貴方も災難だったでしょう、可哀想に…でも、何も心配することは無いわ。
 神様はいつも、私達を見てくださっている。…きっと、すぐに自由になれるわよ」

少し自分の言葉に酔った風に天を見上げる(それすらも演技である)。
『デバイス』の両手を握るように両手を差し出し、しかし思念体の身体ゆえに明日香の手は宙を切った。
それを見て一瞬だけとても切なげな表情を作り(それすらも演技である)、やがて決意を新たにしたように芳野を見た。

「それじゃあ芳野君、『デバイス』ちゃん、行きましょうか。
 私たちの主の膝元へ、貴方達の数奇な戒めを解いてもらいに……」

両手を前に組む彼女の姿は、日差しの関係からか後光が差しているようにさえ見えた。

それすらも演技である。





──────『デバイス』はずっと、そんな彼女をあっけにとられた顔で見ていた。

42 :名無しになりきれ:2010/06/14(月) 16:30:25 0
『チカラがほしいの?』

悪を討つため全てを捨てた。

『チカラがあれば生きられるの?』

厄を滅すため悪魔となった。

『これはケイヤク。貴方が為すのは貴方のネガイ。それがわたしの糧になる。どう?悪い話じゃないでしょう。』

そう、あの日。黒の執事が主に仕え始めた日。青年が自らのココロを「氷結」させ、そこに「眼」が生まれた日。



(走馬灯、ですか。最期だというのに嫌なものを思い出すものです。)

リクスは光の中にいた。それは心象風景などではなく現実に全てを呑みこむ白塗の奔流、この世最後の風景。

(もう助からないというわけですか。それにしてもまさかあの紳士に裏切られるとは。私の攻撃に織り交ぜられた援護射撃にも全く無駄が無く、かなりの強者であることは間違いありませんね。)

死を眼前にしてもなお考えることを止めないリクス。あくまで彼は考える葦、人間たるのだろうか。

(いえ、それを言うならまずはあの女性。まるで全てを読み切ったような身のこなしに強力な神器、これは私がどうこうできる相手ではなかったようです。
私を圧倒するだけの2人の手練、これが「先手先手を取れなかった」結果というわけですか。)

メルトダウナーは全てを塗りつぶしてゆく。結界の内に例外は無く、逃れたのはただひとり、リクスの腕を持って逃げた『死』だけ。
いかにある瞬間の点を固定した『零凝』であっても術者が倒れればその固定は解かれ、自然の摂理、この場合はメルトダウナーに従って消滅するのが道理である。
であるならばリクスはこの世に何ひとつ遺せなかったのか?

否。リクスの邪気眼は心の中に発現した。ゆえに精神ある限りその効力を発揮できる。
最も、ここに残された『死』の片腕を保存してやることなど無いのだが。
リクスはここにきて、三千院家から支給された高価な上着を脱ぎ捨てる。遺すため。

「氷結せよ―――」

こうして、黒の執事の最後の奉公がなされた。

【リクス・クシュリナーダ 死亡】

43 :名無しになりきれ:2010/06/14(月) 16:32:42 0
リクスの危機とほぼ同時刻、サンクトペテルブルク、とある皇族の大邸宅。そのホールには東西9,000kmとも言われる巨大国家ロシアの全土から、三千院家の当主をひと目見るため10000を超える群衆が集まり、謁見を許可されていた。
ざわつく人並はただひとり、その女の入場によりぴたりと静まりかえる。

「人はみな、平等ではありません。
生まれつき足の速い人。美しい人。貧しい人。病弱な人。生まれも育ちも才能も、人間はみな違っているのです。
では、人間を人間たらしめる共通項とは一体何でしょうか?
人は考える葦です。思い、考え、願うこと。それは『人間』が内にあまねく持ち得る唯一平等なチカラなのです。
願い、努め、戦いぬいた人にこそ『与えられる』のです。
願いなさい!
とっても上手に願えた子には世界皇族三千院家を代表してこの私、『現代に舞い降りた女神』三千院セレネが直々に『与え』てあげる。
オールハイル・三千院!!!」

『『『『オールハイル・三千院!!!!』』』』
『『『『オールハイル・三千院!!!!』』』』
『『『『オールハイル・三千院!!!!』』』』
『『『『オールハイル・三千院!!!!』』』』



会場は熱狂の渦となる。貴賤など無くただセレネの「尊き御言葉」にこの上なく率直な反応を返すのだ。

「みんな、ありがとぉ〜!!」

セレネはまるでスターのようなひと言を残しステージを降りてゆく。そこに待ち受けていたのはひとつの人影だった。

『与えてあげるだって、相変わらず「人間」の観察ってわけ?』

エカチェリーナ・マクシモーヴナ・ペトローワ、ロシア貴族の一人でありセレネのハイスクール時代の友人であり、なおかつ今日セレネがロシアに来た目的のひとつ、すなわち「情報屋」の正体でもある。

「口を慎みなさい、って言ってる場合ですらないのよね。ちょっと庭で待っててくれる?」

そう言い捨ててセレネは足早に立ち去る。

『庭でって言われても広すぎて困るんだけど!!』

困惑する情報屋を無視し、事態は進む。

44 :名無しになりきれ:2010/06/14(月) 16:34:48 0
自室に駆け込むセレネ、その手にはすでにどこからか取り出したリモコンが握られていた。

「じい、電気。」
『はいお嬢様。』

セレネはモニターを付けて即座にチャンネルを飛ばす。数秒の間も無く映し出されたのはリクス他2名の戦闘の映像である。
先程リクスに電話をしたのは演説の直前、そして今は演説の直後、リクス達の戦闘のクライマックスそのもの。
画面には白き閃光が映し出され、跡に残されたのは大きく口を開けたクレーターと三千院家特注の黒い執事服の上着のみであった。

「結局リクスは契約を果たせなかったわけだ。」
『左様でございますね、お嬢様』
「……使えない。「願い」が足りなかったみたいね。」

かつてセレネはリクスと契約した。
セレネの債務は「リクスが力を得るようにすること」、そしてリクスの債務は「目的を達成すること」である。
要はセレネのおかげでリクスは力を手に入れ、そしてセレネはリクスの一生がただ一つの目的に捧げられる様子を眺め楽しむということだ。
欲望の純化。死の淵、絶望の底に達した人間ほど自らの真に求めるものを理解する。それこそがセレネの求める観察対象。
『チカラがほしいの?』
その甘言には、この世の深淵をのぞき見たリクスを堕とすことなど造作も無かった。
こうしてリクスはただひとつの目的、ただひとつの願い「悪意を持った異能者の殲滅」にその人生を捧げることとなったのだ。

45 :名無しになりきれ:2010/06/14(月) 16:38:04 0
しかしながら、そんな契約に縛られたリクスはとうとう散った。
もしかするとリクスが参戦しなければ、トリス・メギストスとヴィクトリア・ゴールドセリアのどちらか一方あるいは双方が命を落としていたかもしれない。
しかし、現実にはそうはならなかった。

(人間なんてはかないもの。チカラを得たはずなのに愚かにもかえって目的から遠ざかっちゃうなんてね。)

皮肉にもリクスの行動は、リクスの命の対価はその目的と全く逆の結果をもたらすこととなったのだ。

「まあいいや。最低限の事として、きちんと「アレ」は残してくれたみたいだしね♪」
(お疲れ様、リクス。)

そう心の中でつぶやき振り返ったセレネの表情は、晴れやかなものだった。

リクスの『零凝』を用いて遺した上着、その中にはUSBメモリが入っている。
これはセレネが「上昇志向を持つ強者」に渡すようにとリクスに持たせておいたものである。
もしこれが何者かの手に渡れば――――――あるいは更なる波紋を生み出し得る。
そのことを考えただけでもう、セレネは楽しみで楽しみでしょうがないのであった。

46 :名無しになりきれ:2010/06/16(水) 14:20:20 0
『飢えに苦しむ獣同士が出会ったな……頼む、私を満腹にさせてくれ 君の、血肉で』
『では、勝手に話をさせて貰うよ。』
『絶対に、アイツを止める。』
『さて…久々にちょっと本気だそうかしら』

どうやら、小型の人間は戦闘能力を持たないようだ、と彼女は判断した。
ということは相手に出来るのは元からいた三人に乱入者を加えた、四人。
それだけいればまあ何とか、楽しむぐらいは出来るだろう。あるいは彼らの力が私の記憶にある人間たちの平均を遥かに超えているというシナリオも悪くない。
とにかく今は戦闘を楽しむことだ。溜飲さえ下げてしまえば消滅のための行動も取れるようになるだろう。

『終末(テメエ)の勝手な理由で無関係な生命(イノチ)が奪われるってなら、……そんな横暴(ヤミ)は、この意志(ヒカリ)で撃ち払うッッ!!! 』
『暗夜槍≪月喰≫』

意思確認と、環境変化への対処。
無論のことながら、正しい行動だ。何処にもおかしい点は見受けられない。
それが、不満だった。

名も知れぬ災厄が知る『人間』であれば、今のごとき状況なら防御のみならずそれと一体化した攻撃を仕掛けてくるか、さもなくば元より意に介さないかのはずであった。
どうしたことであろうかと暫し思案に耽るが、結論としては戦闘が開始したばかりでまだ『その時』ではないというものが最も妥当であると判断、――攻撃を継続するのが最良であると考える。

――『それはなぜ破壊するのかだと? それがそうするからだ。理由を語るなど時間の無駄だ。』 ――孤独な宣教師、ニルトゥ

『……僕もお相手するよ…“名前のないお嬢さん”?
 もしよければ、冥土の土産に名前くらいは教えてほしいね!』

相手の一人から出た言葉に思索を中断し状況を見直すと、一人はどうやら戦闘の意思を見せていないようだ。
どうやらこの地域に有害な魔法が準備されており、それを解除したいらしい。
ならば、私の取るべき行動は――

「‥‥眼からは涙が落ち、やがて血が、そして魂までもが流れた‥‥」

これが最良解だ。

「‥‥内面の全ては搾り出され、黒ずんだ過去の泥の中へと滴っていった――」

どこからどう作り出したものか、黒と白の複雑に混ざり合った名状しがたい色彩の魔力塊がピアノ=ピアノへと飛ぶ。
触れた金属元素と有機物を腐食させる『解体球』(Wrecking Ball)である。

――『生きてようが何だろうが、時間が経てば腐るんだ。俺らは単にその速度を速めてるだけだ。』 ―― 腐敗農夫、イーゾック

「私の名、か‥‥」

ピアノには目もくれず、たった今聞こえたかのようにレインマンを向いて応える。
まるでそれぞれの行動が完全に独立しているかのような印象を見るものに与える動きであった。

「‥‥私は特に定まった名を持っていなくてね。最古の邪悪、引き裂かれし永劫、荒廃の王、などと様々に言われてきたが‥‥
――そうだな、せっかく君たちのような『力ある者』達と再び会えたのだ。“R”と呼んでもらえると嬉しいかもしれないな。」

昔、ここの様な能力者たちのいる世界で使った名だ、と。
忌まわしくも注視を避けられぬ相貌をした魔神は、虚ろな顔で、確かに、笑った。

47 :名無しになりきれ:2010/06/16(水) 16:43:25 0
「鷹一郎少年、栓を抜いておいた
 熱くセリフを語るのは構わないが、ボケッとして吸い込まれるなよ? 下水処理場に行く事になるからな」

(…レイが地面に穿った穴に、室内の水は吸い込まれていく)

(水位はゆっくりとした速さで下がると同時、やがて鷹逸カの足が地面に再び着いた)
(レイに振り返り、申し訳なさそうに会釈する青年。………そうして、レインマンの歌うように紡がれる作戦の内容を耳にしながら。)

(……そこまでの時間を与えてくれている、終末の少女の存在を見据える。)

………やっぱり、人間じゃないっぽいな。てめえ。

(自慢ではないが、鷹逸カはその人を見ただけで生命力の強弱をある程度判断することができる。)
(生命力とはつまり端的に言ってしまえば、元気さだ。)
(大げさな描写をしたが、要はその人が元気かそうではないかを雰囲気でつかめる程度の感覚的な能力、と換言すれば特別なものでもない)

(その鷹逸カが、目の前の少女を前にして、「人間じゃない」と感想を漏らした、その理由。)


(………少女には、「元気」も、「無気力」も、何もかもが存在しなかった。)


(強いて言うなら、「虚無」。)
(「虚無」がここに存在しているとは何とも矛盾した話だが、…それが成立しえるのが非日常だと、鷹逸カは知っている。)

(ありえないなんてことは、ありえない。)
(その言葉は邪気学を志す人間にとっての中心であり、本質であり、礎にして、婢。)
(…だが、それをいざ目の前にしてみると、何とも言えない不気味な感触が胸中に拡がっていくのを感じる。…やはり、慣れない。)

……なぁ、てめえは…………。

(そう、何か口を開きかけた、その瞬間)

「‥‥眼からは涙が落ち、やがて血が、そして魂までもが流れた‥‥」

(先んじて、少女が口を開いた。)
(…会話など、成立してはいないだろう。……だがそれは、鷹逸カがしようとしていた「質問」の「解」となりうるものだった。)

「‥‥内面の全ては搾り出され、黒ずんだ過去の泥の中へと滴っていった――」


(次の瞬間、少女の眼前から何かが軋む音が響いた。)
(…そこには、……渦を巻く白色と、黒色。…ブラックホールに吸い込まれる光とは、このような感じなのだろう。)
(やがてそれは、球状のエネルギー体を生成する。………能力者がよく使うという、邪気を圧縮したエネルギー弾に酷似したような……)


48 :名無しになりきれ:2010/06/16(水) 16:45:15 0

…………違えッ!!

(幸い邪気学に通じていた鷹逸カは、その正体を一瞬にして看破した。)
(「白色」と「黒色」は、邪気学における『色』の中でも強い力を示すものだ。それが混ざり合うとなれば――――)
            ミスリル
俺に答えろッッ、『王の鉄』ッ!!

(次の瞬間、金属音を鋭く打ち鳴らして”ピアノの眼前に出現した”巨大な壁。)
(邪気世界最高峰の耐久性を持つと言われる、錬金学の生み出した集大成の最硬金属。『王の鉄』との異名を持つ、ミスリル)
(対物理、対魔法において防壁としての真価を発揮するそれは、今度も遺憾なくそれを発揮――――)


(していない。)


……な…!?

(光弾は壁面を削るように超高速回転し、…その部分が、無数の粒子となって空気中に霧散、…消滅している。)
(違う。エネルギーによる物理的な攻撃じゃない。……分解? まさか、ミスリルを分解している? 錬金の極地と言われた最高の金属を!?)

(狂ったように回転する光球は、まるでドリルで壁でも掘削するかのように、緩慢にその向こうのピアノへと進む)
(このままでは時間の問題だ。いずれミスリルの壁は破られ、…ピアノは、バラバラに分解される。)


させるかぁぁぁぁあぁああああぁぁぁあああああああぁあああッッッッ!!!!


(ドン、と、……その空間が、その大地が、揺れた。)
(鷹逸カが勢いよく飛び出し、…ミスリルを削り続ける『解体球』を、……右手で、殴りつけた。)
(次の瞬間、鷹逸カの右手は血と肉と骨にすぐさま分解されるはずだ。はずだった。………そう、はずだった。)

(…が、それを、鷹逸カの全身を包む白い光輝が阻んだ。)
(輝きは消滅と生成を瞬間的に繰り返して、光球の分解を徹底的に妨害する。そしてそれは光球の分解エネルギーを消耗させ、そして、)


(――――ドバンッ、と、)
(拳が、突き抜け。………光球は、爆ぜるようにして、弾けた。)


ピアノッ!
俺がメールで近衛隊の連中に連絡する! アイツらなら上手く宣伝してくれるはずだ! お前は歌の方、よろしく頼むぜ!
レインマンとレイはこいつを頼むッ! くれぐれも他の皆に被害が出ないようにしてくれ!!

(手短にそう告げた後すぐさまピアノの腕を掴み、この部屋唯一の窓を殴りつける。)
(バリンという音と共にガラスが砕け散り、……そこに空いた穴から、勢いよく水が流れ込んできた。)
(…そうか。水没したのはこの空間だけではない、ここを含んだ辺り一帯を、まとめて水没させたんだ………ッ!)

(でも、そんなの構うもんか…! 鷹逸カはピアノの腕を引っ張って、水流に逆らい水の中へ飛び込んだ。)


49 :名無しになりきれ:2010/06/17(木) 00:47:05 0
しかし、だ
どうもおかしい
いや、周囲の環境は何一つおかしくない
おかしいのは自分だ

この少女が、強いと思えない
なぜ?
答えはわからない

だからこそ、おかしい

黒爪が無感動だ

これもおかしい

自分も無感動だ

すべておかしい

ピアノが襲われた

なぜこちらではないのか いやこれは少し違うな
目の前で敵が明らかな攻撃(鷹一郎青年は防御)という興奮すべき状況が発生したにもかかわらず

「なぜ何も感じない」

分からない、意味がわからない

そして、気付く


「敵意がない、か」


この少女から殺気も敵意も何一つ感じられないのだ
イェソドのあの狂いたくなるような殺気にあてられた後だから感覚が鈍っているのかもしれないが、それをさしいひいてもこの少女は余りにも冷たかった
まるで生きていないかのように

「これは調子が狂うな…」

先程まではイェソドとの戦闘の興奮さめやらぬうちであったし、直前に血の味を思い出していた
だが水に当たり、思考が安定してしまうと 相手がこうも冷やかで気だるそうだ、という事に気が萎えてしまったのだ
もしかすると、こういう相手こそがレイにとっての一番の天敵なのかもしれない

ピアノと鷹一郎は魔法陣の解除に向かうというし、こちらの主戦力はレインマンだけ という事になってしまうのか

「……ったく、おい黒爪 起きろ、確かにさっきの奴に比べればかなり冷たい奴だが、能力は間違いなく同等かそれ以上だ
 気乗りしないが、やるしかないだろう」

50 :名無しになりきれ:2010/06/20(日) 10:34:44 0
 …ほう、気配が動いたか。向こうは一段落ついたようだな…。しかし考えてみれば相手は邪気を持たんのだったか。
 こちらから位置を探れないのは少し不便だな…やはりステラ=トワイライトの帰還を待って情報を頂くとするか……。
 しかし無能力者として接したのは些か失敗だったかな…うかつに話を探れんし…かといって今更邪気眼を見せるのもな……。

 …ああ、対人交渉は苦手だ。いっそあと二〜三人程やってきてくれればいい情報源になるのだがな。
(と、こめかみを抑えため息を付く。)

 ……ん?ああ、無事だったかステラ=トワイライト。
 お互い生きていて何より。…ん、それでは道案内を続けようか─────と。


(───気がついたら、体が動いていた。)
(30メートルほどあった介在距離は一瞬にしてゼロと帰す。アリス=シェイドは瞬歩に近いスピードでステラ=トワイライトに詰め寄っていた。)
(ぐい、と無遠慮にその瞳を覗き込み、そして奥に潜む「気配」を感じしばし言葉を失う。)

 ───色を──変えたか?

(はっとして取り繕うように位置を取り直す。)

 …あ、これは失礼。女性相手に品が無かったか。
 これは──あー、そう。貴方の瞳から何か妙な物を感じたのでな。星でも瞬いてるのかと思ったが気のせいだったようだははははは──。

(自分で寒い空気を作り出している事に気づき、コホンと咳払いをする)

 あー。まあ、気にしないでくれたまえ。
 それで…あ、研究室だな。そう、こっちだ。

(背を向け、表情を悟られぬようすたすたと速歩きで歩み始める。)
(正面から見たその顔は驚愕──否。それでいてどこか嬉々とした──なんとも妙なものだった。)

51 :名無しになりきれ:2010/06/20(日) 10:35:44 0

(遺眼─────)

(邪気眼使いが死せる時に最期の邪気を振り絞りようやく作成する事ができるという究極の希少物質。)
(それは長らく研究者として、探求者として生き続けたシェイドですら目にかけたことの無いものだった。)
(見て明らかなステラの「眼」の損失、そして目に残留する、ステラのものとは異なる「匂い」を持つ邪気。)
(そして、彼女が首から下げたアクセサリ。)

(どうして今まで気づかなかった───探求者は自らを叱咤した。)


(やがて一行は学び舎の奥まった所に広がる「邪気学」の研究棟に辿り着く。)
(コンクリの建築物の中にあって一際目立つ木造の、まるで田舎の校舎を思わせるような異質な建物──それが「資料室」だった。)
(ギシギシと木を軋ませつつ、二人は階段をひたすら下へ降り続ける。)

 こっちだ。…ふむ、殊に邪気学の資料はいわくつきの物も多いと聞く。このような場所に追い遣られるのも仕方なかろうよ。

(一際大きな木製の扉の前に立つ。そこは結城教授が普段から使用している、というかぶっちゃけ、彼以外に利用者がほとんどない場所。)
(何故か扉に石膏の蛇が二頭撒きついており、さらに明らかに不自然な位置で蔦が絡み合っている。その風体はまるで楽園の林檎。)
(鍵も鍵なら、扉も扉。これまた結城教授の趣味全開でお送りされた部屋なのであった。鷹一郎さんゴメンナサイ。)

 鍵が掛かっているな。待っててくれ、今蹴破る。
 …ん?なんだ、鍵を持っているのか…。それを早く言ってくれ。

(ステラから鍵を受け取る。ガチャリという重々しい音がして扉が開いた。)

52 :名無しになりきれ:2010/06/20(日) 10:36:26 0
 …ふむ、邪気学の資料室に足を踏み入れたのは初めてだ。
 最も──すっかり異能を目の当たりにした今となっては、今後はむしろ良く来るようになるかも知れんな。
(本棚に収められた革の魔本をおもむろに開き、パラパラと捲る。)

 ふふ、いや。分かってはいるさ。私のような一般人が「そんな世界」を不用意に覗き込む危険性はね……。
 身不相応…と言った所かな。いや…しかし仕方のないことだろう?非日常に席を置く貴方にはそう気づけまいが───

 “人は誰しも未知を求めている”のだよ。

(魔本を片手に歩みだす。探、探と静かな足音を立てて。)

 未知に惹かれ、そして思い描いて行くものさ。
 『マクベス(シェークスピア)』も『神曲(ダンテ)』も、突き詰めればその一つに過ぎない。

(段状に置かれた高さの違う本棚に遠慮なく踵を乗せ、ひょこひょこと本棚の上を渡り歩く。
(やがて採光窓の真下に面した本棚へ辿り着くと、足を組んでそこへ腰掛けた。)

 例えば私が思う所によれば…こんなふうに、手を翳したった一言呟いただけで…

(ふ、とステラを見下ろし、彼女に降り注ぐ光の一部を自らの手で遮る。)
(彼女の周りに───影が出来た。)

 【お前】の身体は、指一本動かす事すら叶わなくなる。そんな能力さ。

(寒気という蟲が身体を舐め回すような冷たい声。彼の眼鏡の奥の瞳に、闇より暗い黒が宿った。)

 【影探眼】……発動。

(ステラの足元に出来た影が蠢き、やがて闇の底から四本の腕が湧き出て彼女の足元を拘束する。)
(彼女の足元の影を維持するように気を払いつつ、本棚の真上から飛び降りる。)

 遺眼の在処を吐け。

(懐から取り出した大振りな解剖バサミの刃を首元へ突きつけ、ステラ=トワイライトへの尋問を開始した。)

53 :名無しになりきれ:2010/06/20(日) 17:41:26 0
戦場、それは即ち“混沌”の権化。
遍く千変万化を遂げ、一寸先の未来すらも無明の漆黒で覆い尽くされた怪物。

そして今、混沌の奔流は《白亜の侍》というたった一存在を蹂躙する。

───────────────

唐突に、夢現だった意識が覚醒した。まるで眠りから目覚めたかの如く。

(………何……が……一体、何が起きたのだ……?)

混乱した頭、故にすぐには現状の把握は叶わない。
極大級の異能が掃射された事、それすらも何らかの凄まじい“力”が吹き飛ばした事、その余波に巻き込まれ気絶した事。
ゆるりと順繰りに想起していく。

(……そうだ、あの力は一体!?
まさか黒野殿、貴女が……!?)


気絶から覚め、初めて眼が結ぶ像は
血溜まりの中に佇む二人の人影は


「……へへ、久しぶりに外に出られた。全く、この女は『眼』が強くて困るぜ(笑」

───今はもう滅んだ筈の強大無比なる『意思』と。

「─────静終眼、脈拍の停止」

───時すらも弄ぶ老練なる翁の邪気眼使い。


誰だ、と問う間もなく好好爺の顔をした者───恐らく辺り一帯の《神樹の槍》の屍を作り出したであろう邪気眼使い───は、世界基督教大学学長、布兵庵竜蹄の身分を晒す。

まあ対価として、こちらの委細も要求されてはいるのだが。

(……言われてみれば、確かに見覚えがある。だがそれなら何故、今『枢機院』の一員を殺した?
“聖地”における長ならば、枢機院側ではないのか?)


(………それを問うためには、某も黙っては居られぬ……か)

「『職業』は御校で学ぶ単なる学徒………かような言ノ葉を返しても互いに望む結果にはなりませぬか……


元より、既に“仮面”は《神樹の槍》(実際には《トリス・メギストス》なのだが)に剥がれている。隠し通すという選択が為される道理は無い。

「……【カノッサ機関】、名くらいはご存じですかな?
しがない“魔剣士”として、其処に属しておりまする」

多少述べられざる真実はあるが、肝要な点は明かしたつもりだ。
故に、こちらも表面上は穏和な翁へ問いを投げ掛けようとした。

────忽然と、モノクロームの空間が引き裂かれさえしなければ。




54 :名無しになりきれ:2010/06/20(日) 17:42:57 0
いつからか、そこに少年がいた。
僅かに生き残っている小隊の構成員と共にいた彼は、この世ならざる右手を振り下ろす。

セカイ
“結界”が、綻びた。

(なっ、手刀で『空間を斬った』……!?
空間切断など“秘宝級”の魔剣ですら、そうとない能力のはず……!)

絶対切断の異能に侵された領域。漆黒一色が支配するそこは、全てを吸引する行き先不明のゲート。

「いかん……“跳ばされる”ッ!!」

漆黒に、触れる。


───────────────
長い闇を抜けると、そこは荒野だった。
視界の果てに天険の山脈が望めるそこは人気など絶無であり、永い静謐を過ごして来たのだろう。
───騒乱の種子は、そんな土地へ芽吹く。


余りにも強引な空間転移。“世界の狭間”に閉じ込められかねない方法ではあったが、周りを見るに無事に現世の何処かへはたどり着けたらしい。
無論、安堵している暇など僅かとてありはしなかった。

敵は、すぐそこにいる。

生気の無い空ろな目をした彼は言う。
【白亜】が欲しいと、だから殺し合おう、と。

だが、そうはならない。“神樹”(セフィロト)の槍を構えた『エヴァー』が、鬼気迫る様子で抜刀を阻害したのだ。
二三の口論の末、渋々ながらも少年は引き下がる。



様々な思惑が入り交じった。
幾多の紆余曲折を経て、戦場は“混沌”と化した。
それでも尚戦いは終わらない。
《神樹の槍》は───『枢機院』は、命続く限り邪教徒の殲滅を止めたりはしないのだから。

残り14名。それが小隊の生き残りの数だった。戦力の半数以上の損失、まともな者ならば形勢不利を感じ撤退するのが常道。

───そして彼ら、彼女らは皆一様に“まとも”では無い。

「……隊長、こいつら皆殺しにしましょう。“至天”の許可を下さい」

「エヴァーサン、私、邪教徒にここまでコケにされて黙ってられないネ。もう人の身に戻れなくてもイイ………頼むヨ」

「我らが創造主を裏切ったあの愚老に……いざ神罰を!」

「私達の全てを犠牲にしてでも……カノッサは潰さねばなりません、エヴァー様!」

「全て創造主に奉じたこの身。存在を惜しむ道理、0と判断……許可を」

───


55 :名無しになりきれ:2010/06/20(日) 17:44:55 0
強き狂信の念は集い、狂行へのきざはしが架かる。
その番人にして最後の理性である一人の聖人、唯一の“ストッパー”。

「……良き覚悟である。それでこそ神樹の名を関するに相応しい。
───“至天”を解禁するのである。各々、全力でこの邪教徒共を葬り去れ!!」

───そして、彼(ソレ)もまた狂って(コワレテ)いる。

「《白亜の侍》よ。我ら枢機院は既に“聖地”へ潜入していた3人のカノッサ幹部を始末している。
最後に我々は貴様の首を以て、カノッサ機関へ宣戦布告する!」

「黒野天使……単なるカノッサの研究員と思えば内に“邪悪”を飼っていましたか……
ですが、我らの前でそれを明かすなど愚の極み。消えなさい……この“セカイ”からッッ!!」

「ククッ……布兵庵竜蹄よ、創造主様から“聖地”を託されておきながら我らを裏切るか……
その愚かな選択……【聖樹堂】の地下で永久に悔いるがいいッ!!」

    テルミナス
「「「「「「“至天”───!!」」」」」」

夜明け

そんな表現すら遜色無い極光が14の神器から瞬く。
同時、膨大な『聖』の気が辺り一帯を覆う。
夜明けが、広がって行く。


56 :名無しになりきれ:2010/06/20(日) 17:46:15 0
(此奴ら一体、何を……!?
ッ、恐らくロクな事では無い、止めねば!!)

手近な一人へ、自慢の脚力を活かし接近する。
間合いに、入った。

「一式、《刹那》ッ!!」

獲物を十字架の様に掲げていた隙だらけの青年。
瞬間的ならば音よりも速い居合いの一閃は、ブレなく首を裂く。
一人。そこが今の緋月命の限界だった。

未だ世界に健在の13の『神器』と使い手。其は各々の胸に刻まれたパルスの紋様へ進入し

フォンッ───!!

と甲高い音が鳴り、眩い閃光が四散した暁にそこに居たモノは


「───嗚呼──素晴──らシい───」

人間の面影が微塵も残さず消え去ってしまった

「創造主──様───私ノ───ナか──ニ──」

それぞれの体が神器の色に煌めく、無機質で人工的な

「──浄化──浄カ──シ゛ょウ──カ───」

とても清らかな見掛けと、とても禍々しいココロを持つ

「───裁キを」

人造の、“天使”達


57 :名無しになりきれ:2010/06/20(日) 23:57:23 0
【サンクトペテルブルク 三千院邸内】

それにしても、まさかここまで容易いとは。いや、これ程の人数ともなれば不審者の見極めを誤っても仕方がないか。
        
(しばしの休息と生贄(ニンゲン)で体力を回復したヴィクトリア・ゴールドセリアはポーターによってものの数秒でサンクトペテルブルクに到着した)
(先程のリクスとの会話から敵は三千院家と分かっている。少しの準備の後に三千院邸に向かったヴィクトリアは多くの人間(デンチ)で溢れかえる邸内は自らに地の利があると判断し、迷うことなくセレネのところに向かう)

当たりなら倒す。外れなら尋問してさっきの執事の飼い主を聞き出す。どちらにせよあの女に聞くのが一番手っ取り早い。

(手近な使用人を捕らえ、自白魔術でセレネの居場所を聞き出したヴィクトリア。向かう先は中庭に決まった)



(程無くして中庭に着いたヴィクトリア。そこは如何にも三千院家、贅を尽くした調度品の数々が一見無造作に見えて魔術的意味をもった配置が成されていた)

これが三千院家の力か。迂闊に踏み入れば何らかの防護結界が作動する可能性もあるが、私の前には無意味だ。

(辺りを見回しセレネと近くにいる女《情報屋》を視認する)

間違いない。あの得体の知れない魔力の塊がセレネというのだろう。もしかするとアレを捕まえられればこれから魔力に困ることも無くなるかもしれないくらいだ。

(無言で手を上にかざすヴィクトリア。例のごとく何もない空間が割れ、取り出したのは一張の弓)

「必中の弓(フェイルノート)」

(ただの矢ではなく極太のエネルギーの帯が放たれ、セレネを襲う)


58 :名無しになりきれ:2010/06/22(火) 17:04:22 0
すべては一瞬の出来事だった。

「‥‥眼からは涙が落ち、やがて血が、そして魂までもが…」

少女が詠唱らしき言葉を紡ぐ。

0.00156秒

黒と白の混ざり合ったエネルギー球が、ピアノに向かって直進する。

「――ピア」
レインマンは“ピアノ、逃げろ”と叫ぼうとする。

1.0579秒

俺に答えろッッ、『王の鉄』ッ!!

鷹逸郎が防壁を形成し――

GIGAGYAGYAGYAGYAAAAAAAA!

鉄の壁をエネルギー球はいとも容易に削り、金属の粉に換えていく。

させるかぁぁぁぁあぁああああぁぁぁあああああああぁあああッッッッ!!!!

鷹逸郎がエネルギー球を殴りつけ、球は消滅する。

2.0456秒

――そうだな、せっかく君たちのような『力ある者』達と再び会えたのだ。“R”と呼んでもらえると嬉しいかもしれないな。

彼女は厳かな笑みを浮かべながら名乗った。

――高速思考中断

レインマンの高速の思考が、先ほどまでの攻撃と防御を脳内でリピートする。

「了解したよ"R"。君を“世界の危機”として認識する。
これから暫くの間、君をここに拘束させて貰うよ」


59 :名無しになりきれ:2010/06/22(火) 17:05:55 0
レインマンは周囲を観察する。
既にピアノは鷹逸郎と現状を脱出済。

現在の戦力は魔刀遣いのレイと自分だけ。
だが…レイは彼女の実力を見ても動きそうにない。

(これほど敵意のない相手だ…戦闘者としてのセンスも鈍ろうというものかな…)

彼女の戦力は圧倒的だ。
だが、レインマンは一瞬だが彼女の特異点を“視た”。

(水招きをした時…彼女の体からは“何か”が抜け出していた…)

彼女の正体は分からないが、おそらくは強力な思念体である可能性が高い。

(思念体に影響を与える要素は…やれやれ…ピアノが撤退できていて良かった)

ならば、敵に対処する方法はひとつだけ。
自分の立てた戦略が有効となるだろう。
しかし…その戦略は、レインマンの生命すらも危うくしかねない戦略だった。

世界意思代理人たるもの、敵前にその姿を暴露せしめる時は如何なる行動をとるべきや?
敵を完全に殲滅破砕せしめんか、又はその血肉の全てを破砕して敵を阻止せしめんとせざるべからず。
――カノッサ機関エージェント戦闘条項 遭遇戦闘時ノ心得

戦略目標:歌唱開始から終了に至るまでの敵の完全阻止

『雨泳眼』
レインマンを中心に、水に濡れた床に“波紋”が広がっていく。

「“豪雨のような弾丸”!」

レインマンは手のひらを“R”に翳す。
ドドドドドドドドッ!
その瞬間、天井を突き破り、大量の雨粒が室内に雪崩れ込む。
その雨粒が“R”を襲う。

「水切りッ!」

その刹那、レインマンは濡れた路面を高速で滑り、“R”に肉薄する。

黒い傘の柄を握ると、黒い傘は自然に畳まれる。

Mode.SLASH ATTACCK "LAIN FORCE"

そのまま“R”の頭上に跳躍したレインマンは、“ステッキ状になった傘で
“豪雨のような弾丸”で受け、下へ向かう力に抵抗を加え――

“R”の頭上で状態を反らし、傘を頭上へと大上段に振りかぶり

――RAIN SLASH

真っ向に振り下ろした。

60 :名無しになりきれ:2010/06/24(木) 01:15:23 0
【世界基督教大学・休憩広場】

《お兄さんは準備とか、しなくていいの?》

「ああは言ったが俺はもともと邪気を隠せるよう『包帯』は常に仕込んである。でなきゃこの大学には潜伏できないからな。
 何せ枢機院とやらのお膝元、『世界基督教大学』だ。姉さんが持ってた邪気探知機みたいなのは石を投げれば当たるぐらいには設置されてる。
 ――それはそうと、表記方式を変えたのか?前回まで君の発言は『』で括られていたろう。アレか、用語とかと被るからか」

《そういうメタな部分には突っ込まなくていいよっ!!》

『デバイス』との遣り取りで事前に収集しておくべき情報の算段はついた。
今回の作戦で肝要となるのは演技だ。ヨシノはあくまで一介の学生、芳野貴之として振舞わなければならない。
その為には全体の情報をきちんと整理し、『理解できる情報』と『知っていてはいけない情報』を正確に把握している必要がある。

《迎えは呼べばすぐにでも来るよ。『枢機院』は各支部に『箱舟』っていう長距離転移システムを持ってて、そこから直で支援車を出すから。
 『緊急』なら多分5分もかからないと思う。今回はもう使っちゃったから、もうちょっと遅い『帰還』を呼ぶことになるけど、それも20分くらい》

今のうちに信号出しとこうか?という提案に、ヨシノは鷹揚に頷いた。アスラはそこまで時間はかからないと告げて去っていったし、
ヨシノはもとより準備がない。能力が使えないので、護身用にいつも鞄に突っ込んでいる魔導具があればそれで十全だ。
『デバイス』の思念体が宙を舞い、遠い異国の空へ向けて両腕を広げる。目を瞑って、何かを呟いた。

《――――Die Ruckkehr》

言葉の意味は分からなかったが、恐らくは帰還信号の鍵語。
『デバイス』の矮躯が一瞬だけ青白く光って、光線を発信するように不可視の何かが東の空へ飛んでいくのを感じた。

「これから俺のことはお兄ちゃんと呼んでくれ」

《これまでに輪をかけた脈絡のなさだよ!?なんで今それを言うのさ!》

「なんだと!今を逃したらいつ呼び方から垣間見えるツンとデレの鬩ぎ合いに萌え狂えばいいんだ!?」

《訪れないからそんな機会!》

「あれ?おかしいな、毎月定期購読してる対幼女恋愛ハウツー本にはそのような記述が」

《ハウツー本て! いつの時代の人間だよっ!?》

「待て、その突っ込みを君がするのはもっとおかしいぞ」

《それで、どんなハウツー本で学んだのさ。コミックLO?快楽天?メガストア?》

「な、何故俺のベッドの下を知っている!?」

《捕虜の立場である手前、控えめに言うけれど――ロリコンきもい蒸発しろ》

「ふふふ効かん効かんな!ロリボイスで罵られても我々の業界ではご褒美だぞ!ひらがな多めで喋ってくれ」

《おまえのおやはかわいそうだ》

「そういう心に来るのはやめろ!!」

《あ、シスターさん来たよ》

デバイスの思念がアスラの来訪を告げ、彼女の準備が完了したことを知らせてくれる。
ヨシノはすっかり冷めてしまった缶コーヒーを傾けながら、最後の打ち合わせでもしようかとアスラへ目を遣り、

>「芳野君、具合はどう?」

――口に含んだコーヒーを真上へ向けて噴出した。10メートルはかたい大噴水だった。

61 :名無しになりきれ:2010/06/24(木) 01:16:36 0
>「…あ、その…ごめんなさい。実は私、こんな事って初めてだからまだちょっと困惑してて…
  でも、きっと芳野君の力になれるとおもうから、ね?」

熱病のような光景だった。滑らかで清らかな仕草。楚々とした外見に違わぬ鈴の音のような声。
聖水でも湛えていそうな透き通った瞳。他者を気遣い身を削る聖女のような物言い。

すべてが、見事にハマっていた。

(なのになんだ俺の全身に芽生えた蕁麻疹的なものはッ!毛穴という毛穴からかいたこともないような色をした汗が!)

>「貴方も災難だったでしょう、可哀想に…でも、何も心配することは無いわ。
  神様はいつも、私達を見てくださっている。…きっと、すぐに自由になれるわよ」

《なんなの!なんなのこのひと!なにか悪いものでも食べたの!?こわいよこわいよ!!》

>「それじゃあ芳野君、『デバイス』ちゃん、行きましょうか。私たちの主の膝元へ、貴方達の数奇な戒めを解いてもらいに……」

ヨシノはのたうち回って全身に出来た赤いできものを掻き毟り、『デバイス』は目を皿のようにして立ち尽くす。
シスター・アスラの革命的で革新的で壊滅的で破滅的な大変身は、約二名の心に癒えない傷跡を穿り返す。
地面に倒れ伏して死にかけのフナムシのようにピクピク痙攣していたヨシノは、やがてその動きすらも弱々しくなっていき、

《あ、死んだ……》

そして停止した。

《おーい、お兄さーん?あれ、ホントに悶死?もしもーし、えーと、…………お兄ちゃん☆》

「なにかな」

一瞬でがばりと起き上がったヨシノは、ずれた眼鏡を直し、服に付いた砂を綺麗に払った。
乱れた髪を七三に撫でつけながら、それまで浮かべていた薄ら笑いを消し、如何にも真面目な学生然とした表情を作る。

「――そうですね、行きましょう坂上さん」

『受難の学生』こと芳野貴之は、その双眸に怜悧な理知を宿しながら、坂上明日香に促した。



62 :名無しになりきれ:2010/06/24(木) 01:18:49 0
『帰還』の支援車は、芳野たちが集合してからきっかり20分後に大学正門前へ停車した。
黒塗りのセダンである。顔が映り込むほど磨きあげられたボディは見るからに高級感を醸し、近寄り難さは一級品。
一見すると暴力団的な匂いを嗅ぎとられそうではあるが、印字されたエムブレムの十字架がそれを如実に否定している。

セダンから降りてきたのは、背の高いスーツ姿の女性だった。
まっすぐの黒髪にうなじが隠れる程度の長さでジャギーを入れ、形のいい双眸が見えるように前髪を左右に流している。
女性は大股の足取りで素早くこちらへ歩み寄ると、可視思念体のまま浮遊している『デバイス』を眺め、

「うわあああああああああんデバイスちゃん!お姉ちゃん寂しかったよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

咆哮した。
鼓膜を揺るがすような大音声で再会を喜び、死んでしまった少女を悼み、『デバイス』を抱きしめようとして
虚空に腕をぶんぶんさせる。触れられないことを理解したのか、思念体に顔を突っ込んだり出したりし始めた。

《ちょ、ちょっとトキワさん、絵面ヤバイよ!》

「絵面がなんぼのもんじゃあああい!!面がヤバいなら洗えばいいじゃない!秘技☆幼女洗顔ッ!!!」

《わぁああ!?イミわかんないよトキワさん!一般人から見たらただの空中に頭突きしてる女の図だよ!》

「あ、ごめん吐きそう。デバイスちゃんのお腹に顔突っ込んだら内臓見えちゃったうっぷ」

《え、うそ、そこまで再現してないよ!?お話しやすいように外見だけ生前にしてるだけで》

「甘ーい!私の想像力を以てすれば!内臓の一つや二つ何も無いところに見えてくる!ああ!窓に!窓に!」

《何でわざわざ見るんだよ!それ明らかにヤバい系の禁断症状じゃないのさ!》

「私の中のデバイスちゃん成分が切れかかってたからね!摂取摂取!内臓おええ」

《摂ってる傍からバッドトリップ!?》

(またキャラが濃ゆいのが出てきたな。『デバイス』にここまで突っ込ませるとは……大した奴だ)

芳野が坂上と共に置いてきぼりを食っていると、トキワと呼ばれた女性は今になってこちらに気付いたらしく
体ごと芳野たちへ向けて気をつけの姿勢をとった。そのまま滑らかにお辞儀をする。

「どうも初めまして、『楽園教会』東京支部保護監督員の常磐(トキワ)と申します。この度はうちの『デバイス』がお世話をかけまして」

慇懃な物言いで、整った顔立ちを綻ばせる。
見れば『デバイス』も常磐を見遣る表情だけは険が消えていて、二人の関係性を如実に表していた。

『あくまでも演技で』芳野は若干ヒキ気味の表情を作りながらえっと、と前置きし、

「こちらが君の所属してる教会の?」

そう『デバイス』に問う。彼女は少しだけ双眸を躊躇いに歪ませながら応える。

《うん。ボクが保護されて、庇護を受けてる異能力者扶助組織『楽園教会』の保護監督員さんだよ》

そういうことになっていた。
打ち合わせで、『芳野』に明かした『デバイス』の所属は先天的異能者を保護し扶助する国際組織ということになっている。
ヨシノが仕込んだのは『二重の騙し』。でっちあげの情報で『デバイス』が芳野を騙したことにして、
その口裏を合わせるように前もって常磐には『デバイス』が話を通している。『芳野を騙している』という共犯関係を意識させる為だ。

人は、同じ罪を背負う者に対して警戒心が薄くなる。共犯という関係が、お互いの裏切りを抑制するのだと無意識に知っているからだ。
そんな『騙している』という騙し、二重の騙しは功を奏したらしく、常磐は『デバイス』のアイコンタクトを受けて補足情報を喋り出した。


63 :名無しになりきれ:2010/06/24(木) 01:20:48 0
「『楽園教会』は全世界に凡そ0,0001%ほどの確立で生まれる先天性の超能力者を保護している法人機関です。
 世界基督教の教えに則り、持って生まれた能力を悪用しないよう正しい教育を施すのですが、まだまだ未熟な団体ですので」

『デバイス』のように能力が暴発して世間に影響を与える子供もいる。
それが現在芳野の身に降りかかった災難なのだと、常磐は説明した。

「でも大丈夫。私たちの本部には優れた精神系の能力者が控えていますからね、ちょっとご同行いただければすぐですよ」

そう締めくくって、常磐はセダンへの乗車を促した。

「シスターさんは付き添いですか?ええ、問題ありませんよ、その鞄の中身は――祝福具ですか」

お互いがブラフを抱えた珍妙な一行は、かくしてその靴先を結論へと揃えた。
運転席へ戻る常磐を追うように、芳野と坂上はセダンの後部扉を引き、中をのぞき込んだところで常磐が付け足した。

「――あ、そうだデバイスちゃん。『ケテル』様もご同乗なさってるからあんまり粗相のないようにね」

『デバイス』の魂が氷点下を突っ切るのを、繋がった芳野も体感した。
後部座席の窓際で静かに体を預けていたのは、白い人間。髪も肌も眼も服も、全てが異様なまでに、白い。
濃い白だ。本来白という色のもつ朧げさや儚さとは無縁の、存在感のある白。一度見たら脳裏から離れない、異質。

《ケテ、ル……さま……?なんでここに……!!》

「なんかねー、この大学に『庭師』がどうのとか四季がどうのとかって。なんのこっちゃ」

(『デバイス』、この白人間も『枢機院』の能力者なのか?)

(どころの騒ぎじゃないよ!ボクら一介のエージェントなんかじゃ遠く及ばない、上位幹部『セフィロト』……!
 第一セフィラ『哲学のケテル』様!お兄ちゃんの仲間さんを攫った『ケブラー』様と同位の雲上人だよ――!!)

(ほほう。そんなに凄いのかこの……えーと、やかん?) (それケトル)

(お値段以上) (それニトリ)

(ああ!!窓に!!窓に!) (それクトゥルー)

(除虫菊を刻んで薬効成分を抽出し練り固めて線香にした殺虫器具) (それ蚊取り)

(風の神とも考えられる、アステカ神話における文化農耕神) (それケツァルコアトル)

(カバラ生命の樹の最上位、思考や創造を司る要素) (それケテル)

「合ってるじゃないか」

《あれ?え?え?》

「……客人。何をしている?遠慮なく乗ると良い」

ドアを開けたままさんざんもたもたして、いい加減後ろのシスターに尻でも蹴り上げられるかという頃合いになって、
車の中から『ケテル』が声を掛けてきた。男とも女ともつかない外見に合わせたような、中性的な声質だった。

「いや、すみませんねどうも。『デバイス』が萎縮しちゃって、精神で繋がってる僕にも影響が出るみたいで」

警鐘を鳴らす幼女を無理やり黙らせて、体を車の中に押し込む。
中は意外に広くスペースがとってあり、『ケテル』、芳野、坂上が座っても肘が当たらない程度に余裕があった。
坂上がドアを内側から閉めたのを口火に、暖機してあったエンジンは高級車らしく滑らかなスタートを切った。

64 :名無しになりきれ:2010/06/24(木) 01:22:31 0
「芳野さん、坂上さん、このような異能力を目の当たりにするのは初めてですか?"表"の住人とお見受けしますが」

「実際に体験するのは初めてです。これでも大学では考古学専攻で――変り種では邪気学なんかも修めてるんですが」

「邪気学!そういえばこの大学にはそんなのもあるんでしたねえ」

「興味がおありで?」

「その逆ですよ。あまり好印象は持ってません。基督教の教えでは、世界に仇なす『崩壊因子』の象徴ですので」

常磐は表情を変えずにそう言った。芳野の答えには意味がある。
敢えて構わず邪気眼に関する話題を振ることで、芳野に対する認識がどの程度のものかカマをかけてみたのだ。
反応から推察するに、常磐は『デバイス』の件もあって完全にこちらを信用仕切っている。問題は、

(――『ケテル』。さっきからこっちをガン見してくるな。もしかして心が読める類の能力者か?)

(そのまさかだよお兄ちゃん。さっきから『ケテル』様がこっちの意識をハッキングしようと何度も攻性思念を撃ってきてる。
 どうにか論理障壁で防いでるけど、このままじゃ破られるのは時間の問題だよ……!)

(何ぃ?知らない間にそんな壮大な戦いが勃発してたのか!?どうする、姉さんに頼んでリアルアタック仕掛けるか?)

(トキワさんまで巻き込むことになるじゃないのさ!ちょっとまってて、今お兄ちゃんの記憶をコピーして
 ダミーの思念プログラムを組んでるから。適当な思考の詰め合わせに思念ウイルスも添えてプレゼントしよー)

(なんか俺の脳内すごいことになってないか?)

(よしできた。論理障壁解除、ダミープログラム発動――!!)

バックミラーに映り込む『ケテル』の表情が、一瞬だけ揺らいだ。垣間見えたのは他人の日記を読んでいる時の顔である。
『デバイス』の用意した『ダミーの芳野』をハッキングして、思考から記憶まで全てかっさらっていく(らしい)。
やがて、その無機質な顔立ちに瑕疵が生じた。それは、なんというか、台所の三角コーナーの中身を見るときの目と、酷似していた。

(……おい、『デバイス』、ダミーの俺に何を詰め合わせた?)

(えーっと、とりあえず精神的ブラクラがいいかなと思って、お兄ちゃんの記憶から幼女と名のつくもの全部入れてみたっ!)

「……客人」

『ケテル』が低い声で言う。

「はいなんでしょうっ!?」

芳野が高い声で応える。

「……客人は。一刻も早く死ぬべきだな。世界の為に」

正論すぎて、ぐうの音も出なかった。


【送迎車に乗って一同は東京支部へ。そこから『箱舟』に乗り換えます。常磐さんはNPC扱いで、質疑応答にご活用ください】


65 :名無しになりきれ:2010/06/25(金) 18:02:23 0
「‥‥眼からは涙が落ち、やがて血が、そして魂までもが流れた
 ‥‥内面の全ては搾り出され、黒ずんだ過去の泥の中へと滴っていった――」

「…?」

終末の少女が詩を唄いだす。
それと共に彼女の眼前でエネルギーが渦巻き、白と黒が混ざり合った球が生まれた
かと思ったら真っすぐこちらに向かって――

「っちょ! 容赦なしでこっちかい!」

直前動作も敵意も殺気も何もなし、ただ近かったからとか興味本位で、みたいな攻撃である
よって回避行動もまともに取れるわけもなく、掠るのを覚悟した時


「させるかぁぁぁぁあぁああああぁぁぁあああああああぁあああッッッッ!!!!」

ドバン、と音を立て球が破裂した。
何事かと思えば、白い光をチラつかせる鷹一郎が右手を突き出し息を荒げている

(…ってええ!?まさか殴って消したの!? 何もんよこいつ!)

イェソド戦といい今といい、こいつは死ぬ事が怖くないのか
下手すると消し飛びかねない事を根気で打ち負かしているように見える
いや、強大な意思の力で跳ね返している、と言ってもいいだろう

「ピアノッ!  俺がメールで近衛隊の連中に連絡する! アイツらなら上手く宣伝してくれるはずだ! お前は歌の方、よろしく頼むぜ!
 レインマンとレイはこいつを頼むッ! くれぐれも他の皆に被害が出ないようにしてくれ!!」

「へっ!?は!?っちょ!痛い痛い引っ張んなボケ!」

ピアノは鷹一郎に引かれ水浸しの街へ飛び出す
飛び出す瞬間、ちらとレインマンとレイを見る レインマンは雨弾で終末の少女を食い止めている レイは、何かいつもらしくなく黒爪に語りかけていた

「…十分ぐらいで終わりにするから、頼むわよ」

二人に掛けた言葉は水音に掻き消され届かない
自分は、自分の仕事をしなくては

66 :名無しになりきれ:2010/06/25(金) 18:05:34 0
秋葉原、とあるビル内

「ったく…レディの体はもっと大事に扱えっての だから男ってのはブツブツ…」

いつも通りの文句をたれつつ、窓の外を見る
どうやら雨が降っているのはここ一帯だけらしい まあ雨乃の能力だから不自然なのは当然だが

「人集めの為にも晴れさせて欲しいわね…」

ふう、と息をひとつつく 水没しているのもあのビルを中心としたわずか数mだった。 どうやらあの少女の影響範囲はまだ狭いらしい

「ま、向こうの事は向こうのお二方に任せるとして…」

くるりと振り向き、後ろにいるであろう鷹一郎にずいと近寄る

「アンタの仕事は単純明快、人集めよ さっき近衛隊がどうとか言ってたけど、それだけじゃ満足できないわね って訳で、ウィス!」

「はいな!出来てるよー、これでどう?」

出てきた小人は、どこからかB5サイズの紙を取り出す。
なにやら色々と印刷されているが、鷹一郎側からは良く見えない

「上出来♪ じゃ、これを、印刷っと」

バサァ

マントの中から紙の束が落ちる この二人は四次元ポケットでも持ってるのかと思える所業だが、気にしてはいけない

「はいこれ これを配って回って頂戴な、なんならビルの屋上からばら撒いてもいいわよ」

それはビラ プロが作ったとも思える"三千院セレネ、サプライズ屋外ライブ"のビラだった

「計画実行は30分後!それまでに、秋葉原中央通りのど真ん中に出来るだけ人を集めて!」

大きく声を張り上げ鷹一郎を半ば強制的に送り出す
そして行ってしまったのを確認すると

「――さ、こっちも下準備 するわよ」

「いっそがしー」

一体何をするつもりなのか、知っているのは不敵な笑みを浮かべる二人のみ

67 :名無しになりきれ:2010/06/28(月) 22:22:25 0
【保守】…だ。
やれやれ、手間を掛けさせてくれる……。

68 :名無しになりきれ:2010/06/30(水) 14:47:24 0
R、あるいはその途方もなく長い時間の中でフェルディナンドとか藍氷とか呼ばれたこともあるそのものは、今この時間において困惑の只中にいた。
彼女は、戦闘の意思を見せていたものを放置してまで退去していようとしていた人間を攻撃した。
だというのに、解体球が防がれるところまでは予想通りであったのに(人間たちは想像もつかないことをいとも簡単に行うものだったはずだ)、問題はその後だ。

(お前は 真直ぐ 歩いているか)

もともと退去しようとしていた人間のみならず、戦闘の意思を見せていたはずの一人の人間までもがこの場を去ってしまった。
これはいったいどうしたことだろうか。

――難なる謎の如く、そは解れ
   緑なる風の如く、そは届き
   突なる罪の如く、そは掴む。  ――狐の詩人、雪毛

それに、戦闘を拒否されるなどという、飢餓を満たすことへの協力を拒否されるなどという、殆ど侮辱といっても構わないような扱いを受けたというのに、
どうして、私は、こんなに楽しいのだろう。

『“豪雨のような弾丸”!』

今度は、思索の中から抜け出て防御することができた。
両手を高く上げ、手のひらを地面に対して鉛直に。そしてほんの少しの丸みをつけて、ほんの少しの魔力を展開する。(確か、傘というものに似ているはずだ)

――不測の事態に備えることなど可能だろうか?否。できるのは、嘘を突かれたときの備えを固めることだけだ。   ――テフェリー

ああ、そうか。
私に向けて棍のような武器を振り下ろそうとしている人間を魔力の皮膜越しに見たとき、何か液体のようなものが浸透するように理解できた。(そういえば、あの武器が傘と言うのではなかったろうか)

つまり彼らは、私の想像していなかったことをしてくれたのだ。それが、嬉しくてたまらないのだ。
人間は、生命は、だからこそ楽しい。
生の醜悪な模倣である私からしたら、殆ど妬ましさで壊してしまいたくなるほどだ。

――RAIN SLASH

(月を追いかけていたはずが いつの間にか 月に追いかけられていた 笑えない)

――RAIN CATCH

「お前も、お前たちも、私を楽しませてくれるのだろうか?」
相も変わらず虚無を放つ視線で雨乃を見上げる彼女の手は、確かに彼の傘を受け止めた衝撃で骨が肉を突き破るほどの傷を負っていたはずなのに、もう何事もなかったかのようにそこにあった。
事によると、存在そのものがある種の悪夢ででもあるのかもしれない。

「さあ、私に、見せてくれ‥‥」

――どんな驚異に出会おうとも心構えはできていると思っていた。予期していなかった唯一のものは、まったく日常的な光景だった。  ――アーサー・チャールズ・クラーク『2001年宇宙の旅』

囁くようにそう言ったRは、レインマン・雨乃大地に向けてふわりと飛び掛かり、魔力による冒涜的なまでの切れ味を付与された手刀を叩きつけた――何度も、何度も、あるいは氷が溶けて血に変わるまで――

――かくも残酷な瞬間があろうとは、誰も夢にも思うまい。風を翼にはらませて、我が身に迫る牙の列、燃えさかる瞳。短剣の鈎爪は予感に震えて――

69 :名無しになりきれ:2010/07/01(木) 22:44:24 0
「“豪雨のような弾丸”!」

「…!」

レインマンの容赦のない攻撃は、周囲に飛沫を散らす
水を嘗めない方がいい、形に囚われることなく、どこにでも存在し、とても"重い"という存在は、あらゆる人々の頭を悩ませる
水圧は金属の塊ですら軽く押しつぶし、その激流は岩をも抉る 地に落ちた水滴の飛沫もまた、その威力に比例して凶悪な"跳弾"になりえる、というわけだ

「…ピアノがこいつが嫌いなのが分かる気がするな」

ふーっ、とイライラしたように息を吐く
彼女らしくない行動だ それほどまでに、今の状況は芳しくない
飛沫が収まれば、また先程の繰り返しだ

刀に問いかけ、何も答えを得られず 答えを模索し、また問いかける

繰り返し、繰り返し… ただそれだけ
目の前で戦闘が起こっているというのに
眼前でレインマンが"R"に傘を突き立てたというのに

何も、答えが生まれない
もはや"R"が何も感じさせない死人である事だけで説明がつかない域に達してきていた
冷たい水に当たりながら 彼女はひたすら問い続ける

「お前も、お前たちも、私を楽しませてくれるのだろうか?」

「っ…!?」

不意に放たれた"R"の一言 レインマンのあの一撃を受けてなお、平然としている終末の少女が抑揚なく放った言葉
それは自分"達"に向けられた言葉 つまり、レイも含まれる言葉
たった一言、それが、彼女の心に突き刺さった

「…ふざけるな」

楽しむのは、私だ 戦いを楽しみ、殺しを歓び、鮮血に興奮するのは、私だけだ
         血を浴びる事に悦楽し、生肉を食らう事が糧であり、そんな狂気を躊躇いなく受け入れるのは、私だけだ


         それは、私の言葉だ

                                       ―――なら、本当の狂気を受け入れるか

         受け入れるとも、それが私の生きる意味だ
 
                                       ―――なら、包帯を解け その四肢に巻かれた包帯を

         それで受け入れられるのか?

                                       ―――そうだとも、それがお前を縛る枷だ それを解き放てば、お前は自由に飛ぶ鴉だ


70 :名無しになりきれ:2010/07/01(木) 22:46:01 0
しゅる…と軽い音がする

もしそれに"R"が気付いたら、レイの足元に長い包帯が落ちている事に気付くだろう
彼女の四肢を縛っていた包帯である

この包帯の能力については以前話しただろう
『防御』と『邪気汚染回避』である
特に後者 黒爪の意思を持った邪気は、この包帯が無いと持った者を喰らう これが邪気汚染である
しかし、今レイは包帯を解き、"素手"で黒爪を握っていた

「…っはぁ」

吐きだされる息、それは今までの彼女のものとは何か違う

「…バカ親父の伝言が、こうも早く現実化するとはね 知ってたのかあいつは」

それは間違いなくレイ自身の言葉のはずだった だがそこには、別の意思があった

「いつか来るって言っといて即来るかよ 相変わらずはぐらかすのが上手いねえ」

天を仰ぎながらぽつり、ぽつりと呟く

「本気で狂っても知らねえぞ…いいんだな?大馬鹿家族共が」

つ、と"R"を見やる

「あんたか、終末ってのは 比喩としては申し分ないね お前としても、こっちとしても」

吐きだされる言葉の列は、どういう意味があるのか、今はまだ紡ぐべきではない



「んじゃ、楽しませて貰うとしよう」



瞬間、レイの姿をした誰かの姿は、かき消える
一瞬だけ見えた漆黒の翼は、イェソド戦でも見せた『鴉雲』
だが、その瞬発力はイェソド戦のそれを遥かに超えていた

「流石に速いな もっと落とすべきか?ん?」

気付いた時には、"R"の首筋には漆黒の切っ先が軽く刺さっていた

71 :名無しになりきれ:2010/07/02(金) 23:02:47 0
エカチェリーナ・マクシモーヴナ・ペトローワ、彼女は「情報屋」でありセレネの友人でもあるが所詮は「人間」にカテゴライズされる存在に過ぎない。
故に彼女は困惑していた。
今回セレネから受けた依頼はデシェ=ギルダルクという人物の素状と生い立ちについての調査である。
もちろん人間を調査することなど多々ある。しかし、今回の一件は明らかに異常だった。
17年ほど前北方の小国で生まれたデシェ=ギルダルクは幼いころに「死の秘術」を究めたらしい。その程度の寓話ならいくらでも存在するが、問題はその後だ。
「デシェ=ギルダルク」という人物はそれが原因で村を放逐され、以後、消息は不明であった。そして時を同じくしてその村は何者かの襲撃を受け、壊滅していたのだ。
僅かな生き残りもほとんどがその事件について口を閉ざした中で、2つだけ確認できた単語があった。

『邪気眼』『カノッサ機関』

(魔法だの邪気眼だの、そんなのあるわけないじゃん。なんて切り捨てるには少々材料が揃い過ぎてるんだよね。)

「と、まあこれが私の調査できた分。どう、お気に召したかな?」
『ありがとう、知りたいことは聞けたわね。10億はちゃんと振り込む気になった。』
「そう、それじゃあ今度は私から質問。すばり、『邪気眼』って何?」
『ほんとに知りたい?引き返せなくなるけど。』
「何言ってるの、『自分にしかできない情報屋』になるのが私の夢なんだから。」
『しょーがない、教えてあげる。でもその前に……まずはバッグ持って!!』
「へ?」

それが彼女、エカチェリーナと「異能」の運命的な出会いであった。


72 :名無しになりきれ:2010/07/02(金) 23:04:41 0
リクスの最後の勇姿を見届けた後、セレネは中庭に向かった。
途中途中で様々な著名人の相手をせねばならずエカチェリーナのところに着いたのはかれこれ1時間半も後の事だった。

「待たせた?」
『全然。むしろこんな場で堂々とスパイ活動が出来る絶好のチャンスを精々有効活用させてもらったところ。』
「お喜びいただき光栄です、お客様!」

相変わらず率直な人間だ、とセレネは思った。
彼女にとってエカチェリーナは数少ない「馴れ馴れしい人間」である。
2人が初めて出会ったのは日本のハイスクール、聖デアゴスティーニ学園。創始者の「デアゴスティーニの全シリーズにわが校の卒業生を載せる」という酔狂で設立されたお嬢様学校。
当時そこに通っていたセレネは「人間の観察」の過程である興味深い個体に出会った。

エカチェリーナ・マクシモーヴナ・ペトローワ。

エカチェリーナは高校生でありながら、明らかに常人離れした身のこなし、隠密能力を持ちつつ学園の人間関係に溶け込んでいた。
彼女の正体はフリーの「情報屋」、すなわち彼女は貴族の子女という出自を生かしてハイソサエティーに侵入する。
彼女の出自、経歴には全く嘘が無いため、多くの潜入において書類その他の偽造、データの改ざん等のリスクを冒す必要が無い最強の情報屋、それが彼女の夢である。
その正体を見抜いたセレネはあえてそれを公にしようとはしなかった。あまつさえセレネはエカチェリーナに接触を図り、意気投合した2人はタメで話すくらいの仲になった。

情報屋という仕事上、さすがに対価の絡んだところで嘘を流しはしない。

(でも、こんなとこまで率直に言われるとかえって引く人もいるよね。)

内心苦笑いを浮かべつつもセレネは本題に移る。

73 :名無しになりきれ:2010/07/02(金) 23:06:28 0
「それで、早速だけど例の件について聞かせてくれる?」

「例の件」とは大アルカナ『月』ことデシェ=ギルダルクについての調査である。
創世眼事件の際にリクスが尋問して持ち帰ったデータの中にはあの時最下層にいた大アルカナ『月』のものも含まれていた。
脳内イメージを実体化する領域型償還系邪気眼『夢境眼』はセレネの力の本質に似ているとも言えなくもない。
そこでセレネは自らの手元に置いて彼女を育て、あるいは後の駒にしようと思いそれなりの手を打っておいたのだ。

『と、まあこれが私の調査できた分。どう、お気に召したかな?』

結果は芳しいものではなかったが。

「ありがとう、知りたいことは聞けたわね。1億はちゃんと振り込む気になった。」

一応こうは答えてみるものの内心は残念無念の感情でいっぱいである一方で、情報屋とはいえ「表」に近い存在であればこれが限界なのかと諦めていたところ―――

『そう、それじゃあ今度は私から質問。すばり、『邪気眼』って何?』

つれました。

「ほんとに知りたい?引き返せなくなるけど。」
『何言ってるの、『自分にしかできない情報屋』になるのが私の夢なんだから。』
『必中の弓(フェイルノート)』

(ほんとに乗り気すぎ。裏があるんじゃない?)

等と思ったところで迫り来たのは極太のエネルギーであった。

「しょーがない、教えてあげる。でもその前に……まずはバッグ持って!!」
『へ?』
「"Teleport Change"」
                        フェイルノート
一瞬にしてエカチェリーナは姿を消し、その直後、必中の弓がマイセンとかテーブルとか、セレネとかを呑みこんで通って行った。


74 :名無しになりきれ:2010/07/02(金) 23:08:00 0
「全く信じられない人ね。いくら神器に詳しくても、骨董品の価値もわからないなんてそれでも自分が一流だと思ってるのかしら?」

そう言うセレネは既に宙に数枚のカードを配置し終えている。
「必中」の攻撃をテレポートチェンジでかわしたところでどっちみち「当たるまで追尾」みたいなオプションが付いてて無駄に煩わされるだけ、そう考えたセレネはあえて「ライフで受ける!」を実践することにした。
先読みで使っていた「バブルラップ」のおかげで五体満足ではあるものの、吹き飛ばされた陶磁器や調度品、「庭師」の芸術などはもと通りにするのにかなりの手間がかかるのは言うまでもない。
有り余るだけのお金を持っていながらもこんな細かいところでモノに執着してるのが露見するのはかえって恥ずかしいと思ったセレネは未練を断ち切るように声を上げる。

「バトルフォーム!!☆」

その間数瞬、セレネの演説用のフォーマルなドレスが既にピンクでフリフリの魔法少女ルックに変わる。

「さて、あたしの別宅でこんなことをするくらいなんだから、あたしが誰かわかってやってるんだよね?」
「行きなさい、『バグ』。」

セレネが既に宙に放っていた5枚のカード、そこから現れたのは2枚の円形チェーンソーが互い違いに回転する異形の円盤殺戮兵器であった。

「まさか、これくらいでやられちゃったりしないよね♪」


75 :名無しになりきれ:2010/07/02(金) 23:53:49 0
(雨。)
(雨音が、二人だけのビルで孤独に木霊する。)
(水浸しの街。ある程度水没は引いていたが、もう昼頃のような活気は微塵もない。水と共に流されてしまったのだろうか)


(秋葉原という街が、今にも、死のうとしていた。)


「ったく…レディの体はもっと大事に扱えっての だから男ってのはブツブツ…」
「人集めの為にも晴れさせて欲しいわね…」

はあっ、はあ、…ぜえっ、……はああ……っ。

(息一つ切らせずにぼやくピアノを背を向けて、鷹逸カは呼吸を必死に整える)
(ここで立ち止まっている暇はないのだ。安穏に構えていては、秋葉原が、皆の秋葉原までが本当に死んでしまう。)
(それだけは、イヤだ。)

はあ、……ぐ…、ふうう……っ。

(無力だ何だと、嘆く時間はもう終わり。)                     ターン
(これからは抵抗の時間。足掻いて足掻いて足掻き抜いて、運命を打ち砕く手順。)

「ま、向こうの事は向こうのお二方に任せるとして…」

(それはピアノも理解しているのか、間髪入れずに鷹逸カへ詰め寄る)
(まだ早鐘を打ち続ける心臓を手で押さえつけて、何とか頷き返した。相づちは、話を促すサイン)
(疲弊で聞こえていなかった、なんてことはあってはならない。霞のかかった意識を総動員して、その柔らかな声にしがみつく)

「アンタの仕事は単純明快、人集めよ」

…っはあ、……人、集め…………?

(…”レインマン”の提示した作戦によれば、「聴衆」となる大勢の人間が必要となる)
(幸いここは秋葉原。しかも平日だ。人に事欠くことは絶対にないだろう。……ただし、そう簡単にいくとはどうしても思えないが)

「さっき近衛隊がどうとか言ってたけど、それだけじゃ満足できないわね って訳で、ウィス!」
「はいな!出来てるよー、これでどう?」

(どこから現れたのか、奇妙な衣装の小人がB5ほどの紙を取り出す)
(上出来、とピアノはそれを受け取りマントを広げると、バサッ、と音。…地面に、さっきまではなかった紙束が落ちていた)

「はいこれ」

…これは………。

「これを配って回って頂戴な、なんならビルの屋上からばら撒いてもいいわよ」

(ビラだった)
(『三千院セレネ、サプライズ屋上ライブ』。…広告業者が作ったとしか思えないクオリティで文字が躍っている)
(いつの間に用意したのか、……ともかく、これで集客をしろということらしい。)

「計画実行は30分後!それまでに、秋葉原中央通りのど真ん中に出来るだけ人を集めて!」

……分かった!

(自分にやれることがあるだけでも、感謝しなくては)
(与えられた勤めを全うするため、鷹逸カは引きずるようにして雨降る街へと飛び出した。)

76 :名無しになりきれ:2010/07/02(金) 23:56:05 0
(『無茶な注文だ。』)
(近衛隊にコールして真っ先に云われたのが、しわくちゃなしゃがれ声のこのセリフだった)
(ビラが濡れないように中央通りの歩道のルーフで雨を凌ぎながら、紙束を抱えたまま肩と耳に携帯電話を挟んで鷹逸カは応対する)

む、無茶って……。

『現状を把握しておるのか、小僧。…突如のビル崩壊、駅の封鎖、そして水害!
 ……これだけのことが一気に起こり、人々の心は衰弱しきっておる。…聞く耳持たんわい』

い、いやでも、これ本当に!

『内容の真偽は問題ではないのじゃ。…強いて云うなら、ティー・ピー・オー、というヤツかのう。
 ……空腹に飢える者が遊びに誘われ、ホイホイと着いていく訳があるまい。それと同じこと。…余裕がないのじゃ、楽しむだけの余裕がな』

(言ってることは、分かる)
(分かるけど、ここで引き下がる訳には行かないのだ。…引き下がれば、秋葉原を爆撃機が灼き尽くしにやって来る)
(……最悪、あの”終末”に街が人が蹂躙され尽くされるかもしれない。戦士を引き寄せる誘蛾灯として。……いや、そんなことはしないと信じているが)

な、なあ頼むよジイさん。…近衛隊の皆なら、何とかしてくれるだろ?
このままじゃヤバいんだよ。秋葉原が灼き尽くされちまって、みんな死んじまうかもしれねえんだよ!
それに今はみんな元気ねえけど。世界的アイドルのセレネの歌を聴けば、きっと元気に


『愚か者ォッッ!!!』


(ギィン、と)
(…脳の神経を焼き切られたような鋭い痛みが、鷹逸カの鼓膜を突き抜けた)
(思わず落としそうになるビラを賢明にひっつかみ、携帯電話を落とさないように何とか歯を食いしばる。)

『…儂も疲れておるのだ、あまり大声を出させるでない。
 ……休ませてはくれぬか。……儂らはもう、限界なのじゃ。…早く避難所へ来い、孫娘が心配しておる。』

(ブツン)
(……通話が、切れた。)


……んっだよ、それ…………。

(……………分かっていた。)
(これが、「普通」なのだ。「普通」の反応だ。「日常」側の人間の反応だ。)

(誰もがそう言うだろう。当たり前だ。今日だけで幾つも散々な目に遭っているのに、他人の戯れ言になど付き合えない)
(普通は信じられる内容じゃない。…うまくいくはずがなかった。)


……まだだ。

(『不撓不屈』。)
(挫けそうになったときには、この言葉を思い出す。自分の生きる意味、生きる目標。)
(近衛隊が頼れなくても、自分にはこの足と自慢の大声がある。…かけずり回れ、張り上げろ。出来ること全てをし尽くせ!)

俺は諦めねえ。…諦めてたまるか。誰も死なせねえ……!!

77 :名無しになりきれ:2010/07/02(金) 23:58:22 0
お願いしまーす!!
三千院セレネのサプライズライブがありまーす!! よろしくお願いしまーす!!

(雨が降り続く、誰もいない中央通り)
(コートとフードを着込んだ変な男が、三千院セレネのビラ束を腕に抱えて、大声を上げながら走り回っている。)
(雨音にも負けない声。……それでも、人々には届かない。)


よろしくお願いしまーす!!
参加される方は、中央通りにお集まりくださーい!! よろしくお願いしまーす!!
三千院セレネのサプライズライブが……!!!

(限界だ。)
(廃ビルで襲撃に遭い、イェソドにボロボロにされ、今度は謎の生命体。)
(どう考えても常人の運動量を軽く凌駕していた。まして鷹逸カは机に向かうのが主な仕事は教授職だ。…その負荷は、重い)


……!! …………!!!
………………!!!

(鷹逸カの声を遮るのは雨のヴェールではなく、街全体を覆う仄暗い空気)                  タタカ
(希望などなく、ただヤミが拡がるばかり。……絶望、諦観、皮肉、疲弊。…そんなヤミと、鷹逸カは一人抵抗い続ける)


はぁっ、はあっ、…ぜええっ、………何なんだよ。
どうしてだよ、どうして届かねえんだよ………。何で誰も聴いてくれねえんだよ………ッ!!
ちったあ、…ぜえっ、……耳を貸してくれもいいじゃねえか………。危ねえんだよ、この街が、みんなが……!!

(突然、暗転する視界と衝撃)
(…つまずいてもいないのに、転んでいた。前のめりで、……腕のビラ束は、水に浸かって濡れてしまっていた。)

…ああ、くそ、せっかくのビラが……。
……なんだよ、何だよ何だよ何だよ……ッ!! 一体何だってんだよ、畜生……ッ!!!

(時間がないのに。)
(ゆっくりしている暇はないのに。)
(このままでは間に合わない。誰も聴いてくれずに、この作戦はあえなく失敗。街は火の海。人は死ぬ。)

イヤだ……!! イヤだ、そんなのイヤだ!!
戦うんだ、戦い抜くんだッ!! 最後まで……諦めずに……アイツと約束したじゃねえかぁあああ……ッ!!!

(一度倒れた足は、言うことを聞かない)
(まるで地面に接着されてしまったかのように、膝は持ち上がってくれない)
(これはもう、気力や根性でどうにかなるものではない。……キャパシティオーバー。…疲弊が、肉体の限界を超えた)

このままじゃみんな死んじまうんだッ!! 爆撃機がッ、この街ごと魔法陣を……ッ!!
頼むよッ、何で聴いてくれねえんだよッ!! このままじゃ、このままじゃッ、…うぅうああぁぁああぁあああ………ッ!!!


(その嗚咽すら、届かない。)
(降り止まない雨は鷹逸カの背中を殴り続け、無情にも体温を奪っていき――――。)

78 :名無しになりきれ:2010/07/03(土) 00:00:52 0





「――――だから言ったのDeath。……この人は、いつか身を滅ぼすことになるDeathと」
「全く、こうまで必死に騒がれちゃ無視する訳にもいかねぇだろうが。……おい、チビッ娘。まだ使える近衛隊の奴らと、警察官は総動員だ」
「……言われなくてもやるのDeath。…それと、鷹逸カを安全な場所に――――」


(ヤミに灯ったわずかなヒカリが、一斉に灯っていく)



79 :名無しになりきれ:2010/07/03(土) 00:50:38 0
――《こちら『皇帝』。よう、調子はどうだ『吊られた男』》

「いやはや。どうにもこうにも堂々巡りだよ『皇帝』君。この城、昇降設備というものが極めて少ないようだね?」

「唯一か唯ニであったであろう階段も、先程『審判』様の援護砲撃で瓦礫団子と成り果てましたわ」

各員に渡されたインカムからは、攻城作戦本部からのオペレーションが絶え間なく垂れ流されている。
傍受される恐れのある電波通信は用いず、『皇帝』の能力で"情報そのもの"を転移させる術式技術『伝播通信』の賜物である。
したがって、その管制統御を一任されている『皇帝』にとってオペレートへの介入は容易い真似だった。

《あっちゃあ、『審判』の馬鹿たれめ、バカスカ撃ちくさってからに。『吊られた男』ぉ、お前あいつに何吹き込みやがった?》

「ううん?そうだね、強いて言えば――僕の居場所を正確に」

《あいつ馬鹿なんじゃねえの!?》

「『吊られた男』様の他の追随を許さない方向音痴ぶりに助けられましたわね。砲撃されるのは見当違いの場所ばかり」

《お前らも相当馬鹿だろ!?あの脳内ネズミ花火馬鹿に無駄な火ィつけてんじゃねえよ》

「それはさておき、全体の首尾はどうだい『皇帝』君?」

《この上なく悪いな。『魔術師』と『節制』が敵の中堅どころと会敵した。カニバリコンビも大隊に囲まれてる。
 何よりマズいのは――正門のとこで小競り合ってた小アルカナが『セフィロト』の一人と交戦に入った。手の空いた敵の師団クラスが戻ってくるぞ》

【楽園教導派】が擁する10人の超常異能者。枢機院の100万を超える戦闘員の頂点に立つ者達。
それが『ストレイト』が吐いた『セフィロト』に関する情報である。直接戦闘を経験していない『吊られた男』にとってその脅威は度し難いが、
戦況を完全に把握している『皇帝』の声から楽観の色が消えたことで、事態の剣呑さを感じ取った。

「するとアレかい?小アルカナ全戦力を投じて保っていた均衡がその『セフィロト』一人によって崩されて、動けなかった敵の雑兵達が
 今度は僕らを潰すためにこの城を網羅すると――いやはや、逃げ場のない僕らにとっては詰み以外のなにものでもないね?」

「階段が潰れましたが、敵が際限なく湧いてくることから鑑みるになにか秘密の抜け道のようなものがあるのではないですか?そこからなら、」

「探してる間に囲まれるか、よしんば見つかってもポップ待ちの敵さんで埋め尽くされているんじゃないかな?」

現状、向かい来る敵はその都度倒している。が、彼等の基本戦術は専守防衛のヒットアンドアウェイ。
自ら敵の渦中に飛び込むなど、虎児もいないのに虎穴に入るようなもので、すなわち無駄死にカウントダウンだった。

《そ!こ!で! もっと単純で簡単で手軽で手短で気楽で気軽で手っ取り早く造作ないたった一つの冴えたやりかたがあるんだが、どーよ?》

「聞こうか」

《――跳べ。そこの窓から》


80 :名無しになりきれ:2010/07/03(土) 00:52:23 0
「――ははは、いやはや?」

《お茶を濁すなよ!?いや大丈夫だって!俺に考えがある》

「聞きまして?『吊られた男』様。あの『皇帝』様に"考え"があるそうですわ。棒でバナナを取るのがこの状況で一体何の役に立つのでしょう」

《猿か!?お前ん中で俺は猿か!?》

「流石に失礼だよマリー。――猿だって棒だけじゃなく踏み台を使うぐらいの考えはあると思うよ?」

《おいィ!?否定するとこおかしい!ちょっとこっち!こっち注目!俺を見ろ!》

「『皇帝』君、今夜はお赤飯とバナナ炊き込みご飯どっちがいいかな?なんでも好きなのを作ってあげるよ」

《好きなのってその二種類しかねえじゃねえか!しかも赤飯て。めでたいのか?俺に考えがあるのがそんなにめでたいのか!?》

「おかしいですわね、いつもの『皇帝』様なら『おいちゃんのバナナ食べてほしいなフヒヒ』ぐらいは言いそうなもの……」

「さては君。『皇帝』君の偽物だね?」

《ああもういいよそれで!オッス俺ニセ皇帝!よろしくな!》

「『吊られた男』様、この御仁がニセの『皇帝』様であるからには、せっかくの機会ですし
 普段の『皇帝』様とはできない知的な会話なんてものをたしなんでみるのは如何でしょう」

「名案だねマリー。早速話してみようかニセ皇帝君。――掛け算について」

《おいいいいいいィ!!?お前それでレベル合わせたつもりになってんのか!?それぐらいできるに決まってんだろ!》

「おお、掛け算ができるなんて……やはりこの『皇帝』君は偽物なんだね?」

《できねーわけねえだろ。――7の段までなら完璧だぜ!》

「……『吊られた男』様、本物の『皇帝』ですわ」

「うん。ようやく信用できるね?」

《あれえ!?》



81 :名無しになりきれ:2010/07/03(土) 00:53:04 0
「それで、跳べばいいのかな?この窓から」

茶番に決着がついて、言うなり『吊られた男』は戦闘で割れた窓の縁に足を掛けた。
現在地は6階であり、ただの採光窓であるそこから外には当然ベランダなんてものはついていない。
一歩踏み出せば正真正銘致死の高さから真っ逆さまな状況で、彼はなんの躊躇いもなく――マリーを連れ立って縁を蹴った。

「跳んだよ」

一瞬だけ宙を遊泳したかと思えば、彼等はすぐに大気の壁へとぶつかり、遥か地上へと吸い込まれていく。
刹那、眼窩に魔法陣が展開した。

《よしきた。――転移術式『カタパルト』、発動!》

作戦本部から既に望遠鏡で『吊られた男』達の座標を補足していた『皇帝』が、指先を軽く振り、手で作った銃を撃った。
呼応するように起動した魔法陣は『吊られた男』達を一瞬で包みこむと、そのまま転送経路を確定して射出した。

「お――――」

体幹をつまみ上げられて、さんざん振り回されて、ようやく地面へと放り出されたような感覚。
気がつけば、『吊られた男』とマリーはラツィエル城の屋根上――物見広場へと転移されていた。

「上に行きたいとは言ったけど――」

「あの御方は加減とか中庸という言葉をご存じないのでしょうか」

最も空に近い場所に、二人はいた。

82 :名無しになりきれ:2010/07/03(土) 07:41:42 0
――RAIN CATCH
「お前も、お前たちも、私を楽しませてくれるのだろうか?」
渾身の力を以って振り下ろした一閃は、か細い少女の手に受け止められた。
振り下ろした傘は彼女の手の中で停止し、レインマンはそのまま床へ降り立つ。

正常な神経を持つものなら、これは悪夢の光景に他ならない。
何故なら、正常な神経をもつものならば、彼女は忌避すべき怪物そのものだからだ。
だがレインマンは違った、正常な人間とは違っていた。

(彼女こそ“世界の脅威”…僕らカノッサエージェントが倒すべき存在…)

「さあ、私に、見せてくれ‥‥」

彼女はレインマンに囁くと、突然何の動作もなしに浮かび上がった。
彼女の衣服がたなびき、そしてレインマンに飛び掛ってくる。
まるで幼い頃に見た絵本の中の怪物のようだ。

(そして…もしかしたら、僕の)

そう思った瞬間、Rは指を垂直に伸ばして手刀を作る。
彼女の手に、強大な魔力が宿っているのがレインマンの眼には視認でき―――

レインマンの意識はそこで途切れた。
0コンマ数秒で意識は回復する、体が中に浮いているのが分かった。
何故自分の体は中に浮いているのか――そう思いつつも体は様々な方向に捩れ曲がっていく。

Rの手刀が、レインマンの体を打ち据え、切り裂き、突き、抉っていた。
初撃は頭に、次に右胸、腹、左上腕、脇腹、鳩尾、上半身に手刀が乱打されている。
レインマンの体が細切れにされないのは、ひとえにレインマンの着用する対能力者用モッズ・スーツと
回避本能で急所を避けるために体を反射的に動かしていた事による。

だが

いかに能力者戦を想定した材質で出来ているとはいえ、その中身の人体への衝撃は軽減できない。
空中を半分浮遊していたレインマンの足元と周囲の壁には、かなりの量の血飛沫が飛んでいた。

Rの手刀が一閃、レインマンの左胸を文字通り切り裂く。
スーツのジャケットの表面が裁断され、ネクタイは真っ二つになって地面に落ちる。

指は肋骨の隙間に食い込み、そのまま骨を断ち、肉を裂いて、左心室の一部を傷つけた。
レインマンから大量の血液が噴出する。
天井まで届かんとする血の噴水は床や天井や壁を派手に汚す。

83 :名無しになりきれ:2010/07/03(土) 07:42:46 0

ボチャッ

水の入った袋が落下するような音を立てて、レインマンは床に沈んだ。
全身が切り裂かれ、打ち砕かれ、内蔵は爆ぜている。
レインマンの、いや、“レインマンだったもの”から
赤い水が床に広がり始めた、赤い水は“あそび”の床を伝い、歪んだ楕円形の池を形作り始めた。
その池に、天井を伝い雫がボタボタと落ちてくる。

“それ”は、もう動かないように思えた。
だが“それ”は、なおも手に傘を強く握っていた。握り締め続けていた。

そして“それ”は、重力を無視して突然垂直に起き上がる。

「…思い出せない事があって…それがなんなのか思い出せない…君にそういう事はないかい?」

“それ”…レインマンの屍だったはずの“それ”は言葉を発した。

「…僕にはどうしても思い出せない事があって…それを思い出せないのはごめんだと思うんだ」

“それ”はゆっくりと腕をRに向けて翳すと硬く握った拳をRにかざす。

「でもね…僕には確信があるんだ…それは“滅び”なんだと、誰かが僕の大事なものを壊したんだと…」
 だから…僕は世界の脅威に立ち向かう。
 世界の滅びに立ち会えばいつか、僕の忘れていたものに出会えるはずなんだと…』

それがレインマンの、雨乃大地の本質だった。
彼は、誰よりも滅びを希求していた。

『だけど本当に残念な事に…』

それは自殺行為ではなく、圧倒的な力を持った絶対者によって齎される滅び。
全ては「忘れていてどうしても思い出せないこと」を思い出すために。
  
『それはお前じゃない』

レインマンは手のひらを開くと、手の平の上に透明な球が生まれた。
不安定に揺れるその球は、“水”そのもの。

レインマンはその球体を、己の心臓に叩きつける。
瞬時にその球体は泡を発してレインマンの肉体に吸収される。
レインマンの傷口から泡が湧き出てくる。
さらにレインマンは両手を広げると、床に飛び散った血の池が、動画の高速の巻き戻し再生のように
レインマンの体へと戻ってゆく。
血の池は流れとなり、飛沫となってレインマンの傷口へと戻ってゆく。
傷口は、瞬時にふさがる。

同時に打撲、骨折、裂傷、破裂した内臓、傷つけられた左心室までもが瞬時に再生した。

84 :名無しになりきれ:2010/07/03(土) 07:45:57 0
『水』は生命の基礎である。
レインマンは『水』の使い手であり、その水を用いれば肉体の“超回復”機能を操ることも可能だ。
さらに、対外に流出した血液も『水』で瞬時に濾過して『輸血』する事もできる。
瀕死状態からの回復など、彼には容易いことだった。

「ゴハッ!ガハッ…」
レインマンの口から血が溢れ出る。

それでもなおレインマンが受けたダメージは深刻だった。
次に同じ目にあえば蘇生できるか否や。
そもそも、このような行為自体人間の肉体にとっては耐え難い苦痛である。
――黄泉返りなどは

レインマンはいつものようににこやかな微笑を浮かべて立っている。
スーツは切り裂かれボロボロ、さらに血塗れだが。

レインマンの視界に、レイとRがいた。
レイはいつの間にかRに肉薄して、魔刀“黒爪”の先端を彼女の首に突き刺していた。

「これが僕の見せられるものさ…僕はいわば死ににくい雑兵なんだ。
斬られ役はお手の物、君が望むままにいくらでも…血と肉がほしいんだろ?」

「ちなみに君の戦術データはカノッサのデータベースに送信した…この“黒い傘”でね…
敵戦力を肌身で推し量る強行偵察は完了…これからは僕の番だ」

『雨泳眼』が無色の光を発すると、地鳴りが起こった。
秋葉原全域を覆う大量の水が、引いていく。

水はゆるやかに、何者を破壊することも押し流すこともなく、
だが確実なスピードで「あそび」のビルの周囲に集まる。
そして、水は分厚い水の壁となってビルを囲む。
レイの開けた床の穴から水が湧き出して、床を塞いだ。

「“水”の属性を使った次元隔離防壁だ…僕を殺さない限り外へは出られない…
ショーが始まるまで、僕ら3人で踊り明かそうじゃないか。 
どこにも行かせないよ、僕もどこにも行きはしない…」

「お楽しみは…これからだ!」

レインマンは足元の血溜りを軸に回転し、Rの首に“回し蹴り”を叩き込んだ。

85 :名無しになりきれ:2010/07/05(月) 17:36:38 0
鷹一郎が慟哭の叫びを響かせ

雨乃が瀕死と生存を廻し

レイが何者かに身体を預け

この街が焼け野原になろうとしている


そんな殺伐と混沌とに包まれた街の一角、とあるビルの中で、あるものが動いていた
小さく、それでいて鋭い音は、冷却用のファン 小さく明滅するのは、LEDランプ
絶え間なく何かを映すモニターには目で追えない速度で数式が流れていく

それら、真上から見ると"C"のような形状に並べられた機械群 その中心にマントを大きくはだけさせたピアノが座っている

「写真から全身のスペックを割り出すのがここまで厳しいとはね」

その目は眼前にある6基のモニターを全て睨み、手元にある4つのキーボードは目にもとまらぬ速さで押されていく
だがその口元はとても とても楽しそうに笑っている というか、ニヤついている

「しかしバストサイズがXXかぁ… おもったより小さいわね セレネ様、偽乳疑惑!」

ピー音に掻き消される言葉を易々と呟くなど 随分とハイのようだ

「ピアノー、変なこと言ってないで早くやろうよ もうすぐ10分経つよ」

「おkおk まあ演算は既に終わってるし、あとは微調整だけよ 機械だけじゃどうしてもズレるからね」

ピアノの手がまた素早く動き出す カカカカカという連打音とともに中心のモニターに数列が書き込まれていく

「そういうあんたは、物理演算調整は出来たの?」

「もち、髪の毛一本一本まで処理が可能だよ」

「完璧ね、こっちも完璧 どっからどう見ても本物よ あとは自然現象方面の演算と、幻視質量調整か」

「幻視質量調整が時間かかってるよ 終了予定は16分後」

「ちょい厳しいわね 了解、並列演算回すわ」

キーを片手で叩きながら周囲の機械に目を配る スイッチを押したり、プラグを付け替えたり

「よし、おっけ あと服装とステージ構成、こういうの苦手なんだけどなあ…」

「また私がやればいいのかな?」

それにしてもこの二人、とても楽しそうである 他の皆は苦戦に苦戦を重ねているというのに

86 :名無しになりきれ:2010/07/07(水) 00:33:56 0
>「……ん?ああ、無事だったかステラ=トワイライト。
  お互い生きていて何より。…ん、それでは道案内を続けようか─────と」

「っわあ!?」

駆け寄るステラを認めたアリス=シェイドは、それを迎撃せんばかりの速力で彼女の傍へと急接近する。
虚を疲れたステラはもんどりうち、それでもシェイドにぶつかることだけは回避しようと少々大げさに仰け反る羽目になった。
無遠慮に、覗き込んでくる。ステラの変わった左目を、ハイライトの消えた眼で舐めるように観察してくる。

>「───色を──変えたか?」

(近い近い近い近い近い近い近い近い近い!!)

鼻先三寸を地で行くような彼我の距離に、ステラは同様を隠せない。
よくよく考えて見れば、生前から妹を耽溺し片時も離れなかった彼女にとって、男に対する免疫など無きに等しかった。
無論アルカナ時代を含めれば結構な数と種類の男性と関わりがあったにはあったが、偏りがあった。

男として枯れた感じの『塔』や、三次元に興味がないと豪語する『吊られた男』、そして『吊られた男』しか目に入ってない『審判』。
尻も腰も軽すぎる『教皇』や、肉体をサンドバックとしか見てない『悪魔』、年端もいかない『節制』、そして――『世界』。

晴れて地上に出てからも、大人としてそれはどうなのかってぐらい天真爛漫な鷹逸郎やなんか気持ち悪いヨシノなど、
少なくとも『ステラに興味津々な男性』とは運が良いのか悪いのか一度も邂逅しなかったのである。
ただし、そんな事情とは別のところで、

――ステラは鳥肌が止まらなかった。


シェイドに案内を任せ、二人は大学を進む。いくつか『隔離結界』の予兆を感じたが、それらはステラに向けられたものではなく、
大学構内の随所で乱発的に展開されているものだった。戦闘が起こっているのだ。

(介入するつもりも気力もないけどね……)

"裏"にあって、異能者同士の小競り合いというのは特段珍しいものではない。
ある程度大きな都市ならば、異能の兆しが見られない日などないぐらいに、街には敵意が溢れている。
ましてや、ここは『枢機院』お抱え異能者の膝下のような場所である。余程既知の仲でもない相手ならば、助太刀する道理もない。

>「こっちだ。…ふむ、殊に邪気学の資料はいわくつきの物も多いと聞く。このような場所に追い遣られるのも仕方なかろうよ。」

「ここが……『資料室』」

他の白一色な建造群とは一線を画す、嫌なアンティークさを持つ建物。有り体に言ってしまえば――ボロ校舎である。
一歩ごとに悲鳴を上げる廊下を踏みながら結城『教授』の秘蔵倉へと歩を進めた。わりとすぐだった。
鍵の意匠をそのまま写しとったような悪趣味極まる装飾を施された扉は、一目見ただけで開く気力を減衰させる術式でも張ってあるようである。

>「鍵が掛かっているな。待っててくれ、今蹴破る。」

「え?ちょ、ちょっとストップ!!鍵は借りてあるから!ほらここに」

>「…ん?なんだ、鍵を持っているのか…。それを早く言ってくれ。」

(思考が短絡過ぎるよ!さっきの急接近といい……)

どこかネジの外れた男だと思う。嫌な意味で、ズレている。
目的の為なら手段を選ばず、手段の為なら目的を選ばないその豪放短気っぷりは、ステラの苦手とする人格だった。
渡した鍵が鍵穴に挿入され、その真価を解放する。中でシリンダーが回る音がして、いざ、黄金郷への道は開かれた。


87 :名無しになりきれ:2010/07/07(水) 00:35:01 0
「わぁ……!」

開かれた世界は、なるほど彼女にとって理想郷だった。
古今東西世界に遍く魔導具、魔本、邪気眼資料。研究者としてのステラの知識欲を満たすには十分過ぎる品揃えだった。

(『打剣真書』!わたしが生きてた頃のベストセラー!復元されてたんだ!凄い、こっちにあるのは『ネクロノミコン』!?)

生まれて初めてトイザらスに連れてってもらった子供のように、ステラは年甲斐もなくはしゃぎ回る。
古代の研究者だった彼女にとって、空白の数百年を埋め合わせてくれるこの部屋は、タイムマシンかさもなくば神からの天恵。
舞う埃も、カビ臭さも、一分も立たないうちに忘れるほど没頭した。シェイドが垂れる講釈も、耳には入らず。

(幸せすぎる……!凄いよ鷹逸郎さん、学者のツボを心得てるね!ああ、『護国天使』の天輪まであるんだ!?)

故に、白衣の狂人がその魔性を解き放ったときも、ちっとも状況を把握できなかった。
シェイドがその手で遮った採光窓から、腕の形を写しとった影が落ちる。それはステラの体に陰りを創り、
――束縛を生んだ。

>「【お前】の身体は、指一本動かす事すら叶わなくなる。そんな能力さ。
   ――【影探眼】……発動。」

「――なッ!?」

ステラを覆った影が揺らめき、細長い陽炎となって彼女をその場に縫い止める。
シェイドはそのまま、本棚から飛び降りてことらへ歩み寄った。

>「遺眼の在処を吐け。」

首筋に冷ややかなものが押し付けられる。巨大な鋏が、その刃を彼女の喉元に添えられていた。
反射的に飛び退こうとするが、指一本動かない。まるで体の周りの大気がセメントに置き換わったような硬直。
そして、ようやく思考が追いついた。

(この能力……『邪気眼』――『白衣』――『影』――)

ヨコシマキメでスピカの最期を垣間見た時の記憶が、走馬灯にも似たスピードで脳裏を駆け巡る。
妹を、『星』を、スピカ=トワイライトを葬った侵入者。邪気眼使い。『影』の白衣男。
全ての符号が、目の前の現状と、完全に一致した。


88 :名無しになりきれ:2010/07/07(水) 00:38:43 0
眼の奥がチカチカする。

「あ――……」

顔が歪む。狂気は、凶気で、狂喜だった。
釣り上がる口角。見開かれる双眸。拡大する瞳孔。総毛立つ体躯。紅に染まる、視界。
胸の奥から登ってくる赫怒と怨嗟の火柱は、これまでステラを縛り付けていた理性という名の大樹を、塵も残さず焼き尽くした。

「お」 「ま」 「え」 「か」

出したこともないような音程で、たった四文字言葉を零した。
確かめるように再度、発音する。腹に据えかねたものを放出するように、それは雄々しい猛りだった。

「――おまえかァァァァァアアアァァァァアァァァァァ!!!!!!!!!!!!」

刃が皮膚に喰い込むのも構わず、一歩踏み出す。絶対の縛鎖で拘束されているにも関わらず、それは容易く遂行された。

理屈もなく、理合もなく、条理もなく、道理もなく。
――『ただの邪気の奔流』で、アリス=シェイドが誇る『影探眼』を断ち切った。

踏み出した一歩に、全体重を乗せて、思いっきり引き絞った拳を一気に撃ち出す。
大砲もかくやといった速度と握力で以て振り抜かれた正拳突きは、
『鋏を砕いて』なお一切の減衰もなくシェイドの顔面へと叩き込まれた。

「っるあああああああああああああああああッッ!!」

そのまま拳を殴り抜ける。シェイドは暴風の前の紙切れのようにあっけなく吹っ飛び、『資料室』の壁へと激突した。
否、それだけでは止まらない。激突地点より放射状の亀裂が迸り、それはやがて崩壊の基点となる。
全ては瞬きよりも早く行われ、シェイドは壁を突き破って屋外へと射出された。放物線を描くように宙へと投げ出され、

「【ライトニングセイル】」

――ステラに追いつかれた。自身がふっ飛ばしたものに空中で追いつくという荒業を光速機動で成し遂げた彼女は、
既に次の行動へと移っていた。動作は単純。踵を上げて、落とすだけ。それだけで――光速の踵落としは、シェイドの鳩尾を捉えた。
音速の壁を遥かに上回ることで生まれた衝撃派は、空中で発破をかけたかのような轟音を散らす。

サッカーボールより過酷な打撃をぶち込まれたシェイドは、稲妻の如き速さで地面へと打ち出された。


89 :名無しになりきれ:2010/07/09(金) 02:48:26 0
――冬の月が輝くとき、闇は光なり、昼は夜なり。

旋風なり閃光なり、様々の名で呼ばれ得るであろう乱打の中、Rは醒めた視線を雨乃に向けていた。

「どうした‥‥お前は人なのだろう?
 打たれるだけなら木偶と変わりあるまい。お前の人たる証左‥‥私に見せてみろ!」

幽かな苛立ちとともに横薙ぎの右手を振るうと、雨乃は大きく吹き飛んで崩れ落ちる。

「‥‥どうした‥‥どうした? 何故だ?」

しゅる…と軽い音がする。それにもRは応えない。
今彼女の中には落胆と、そして焦燥があった。
もしも、この世界の人間たちがこの程度の存在でしかなかったなら。もしも、自分と戦い得る存在と出会えなかったら。
その想像は、それにとって悪夢――ほんの数時間前までは現実そのものであった悪夢だった。
だから世界を灰燼と化す魔神は、ちっぽけな人間が起き上がったときに安堵にも似た感情を抱いたのである。

『…思い出せない事があって…それがなんなのか思い出せない…君にそういう事はないかい?
 …僕にはどうしても思い出せない事があって…それを思い出せないのはごめんだと思うんだ』

命の灯の未だ消えていないのが奇跡とも思えるレインマンの一挙手一投足に、それは魅入られていた。

――夢が目覚め、眠れるものが記憶の彼方に消えた時、いったい何が起こるのだろう?

『でもね…僕には確信があるんだ…それは“滅び”なんだと、誰かが僕の大事なものを壊したんだと…』

これだ。

『だから…僕は世界の脅威に立ち向かう。』

これこそが人間だ。

『世界の滅びに立ち会えばいつか、僕の忘れていたものに出会えるはずなんだと…』

もう少しの感情が私にあったならば、きっと涙を流すということができただろう。あるいは、生物でいう性的衝動に似たものすら感じていたかもしれない。

『だけど本当に残念な事に… それはお前じゃない』

「まあ、それはそうだろうな。
‥‥私がこの世界に来たのは、ここの単位にして高々数時間前に過ぎない。」

一応会話の体裁を整えながら、彼女の目は彼の持つ水球に注がれていた。
レインマンが球を自らの心臓に叩き付け、夥しい泡の発生とともに飛散した血液までが身体へと回帰していく。
それを注視するRの姿は、人間的な表情があったならば新たな玩具を眺める子供のそれと似通っていたかもしれない。

――『ギックスは支配できる人間を求めているんじゃないわ。彼の狂気を満足させる操り人形を求めているのよ。』  ―― ファイレクシアの締め出し者ザンチャ

90 :名無しになりきれ:2010/07/09(金) 02:49:28 0
『これが僕の見せられるものさ…僕はいわば死ににくい雑兵なんだ。
斬られ役はお手の物、君が望むままにいくらでも…血と肉がほしいんだろ?』

「ああ、その通りだ。本格的な戦闘となれば判らないが、暫くの間衝動を消化する程度ならそれで十分――」
水の魔術に魅了され、興味を抱く自分のいる事実に歓喜していたがゆえに、その意識からはもう一つの人間のことは完全に消失していた。

『ちなみに君の戦術データはカノッサのデータベースに送信した…この“黒い傘”でね…
敵戦力を肌身で推し量る強行偵察は完了…これからは僕の番だ』

だから、力を解放したレイに気付けず、痛覚を認識したときには黒爪が頚椎を完全に切断していた。
余りにも速いその剣速故に、噴出す血液にも関わらず頭部は動いていない。人外の速度のみが可能とする光景である。
そして、壁面の華美な装束を鉄の紅で染め上げた血液が、宙を舞った。
飛び散った血が、動画の高速の巻き戻し再生のように
Rの体へと戻ってゆく。
血は流れとなり、飛沫となってRの傷口へと戻ってゆく。
傷口は、瞬時にふさがる。

――模倣は最も危険な形のお世辞だ。

「‥‥なるほど、こうか。なかなか面白いな。」
それはどう見ても、つい先ほどレインマン雨乃大地が使った呪法の完全な模倣に他ならなかった。
いや、同時に彼女自身の治癒魔術も併用して完全な回復を果たしたところなどは、オリジナルをも上回っているかもしれない。

「やはり人間は、とても面白い‥‥。私の貧弱な想像の埒外にある行動をいとも容易くやってのける。
そちらの剣を持った人間もだ。 ‥‥ふむ、先程のではまだ遅い。もう少し‥‥そうだな、三倍から四倍程度の速度にしてもらえると嬉しいかな?」

滔々と寒々しく言葉を放ち、右手を軸として回転する魔力の奔流でレインマンの蹴りを受け流す(中国拳法の内功系に近い動きだった)。

「‥‥さて、続けようか。」

右手を雨乃に、左手をレイに向け、

「稲妻のきらめき、波のひと砕き‥‥彼は生から墓所の休息へと移っていった‥‥」(ウィリアム・ノックス『死すべきもの』)

紅と白の二重螺旋を描く稲妻が、Rの両の掌から閃いた。

――『ステキだねえ。やつらは共に戦った。そして今、共に死ぬんだ。』  ――隆盛なるエヴィンカー、クロウヴァクス

91 :名無しになりきれ:2010/07/10(土) 00:38:52 0
「必中の弓(フェイルノート)」

(放たれた一撃はセレネを捉え命を奪う―――はずだった)

「全く信じられない人ね。いくら神器に詳しくても、骨董品の価値もわからないなんてそれでも自分が一流だと思ってるのかしら?」

流石は魔力の塊、そう簡単に死んではくれないということか。
まあ良い。神器、命の貯蔵(ストック)、生贄、陣の準備。長期戦となっても抜かりはない。
まずはお手並み拝見と行かせてもらおうか。

「バトルフォーム!!☆」
「さて、あたしの別宅でこんなことをするくらいなんだから、あたしが誰かわかってやってるんだよね?」

「どうでしょう。ただ一つ言えるのは、私は自分の実力でなんとかなると思ってるからこそ挑んでいるっていうことです」

「行きなさい、『バグ』。」

(セレネの配置していたカードから直径3メートル程の円盤状の兵器、『バグ』が現れヴィクトリアを襲う)

「まさか、これくらいでやられちゃったりしないよね♪」

そんな直線で機械的な攻撃が当たるわけが・・・・これは!?

(迫り来る五つの円盤の初撃を難なく躱したヴィクトリア。油断したところを追尾式のバグに斬られる)

所詮は一瞬で召喚できる程度の量産兵器と侮っていたがそもそもあれだけの魔力の塊、どんな魔法が来ても驚かない程度には心の準備が要りそうだ。
全く、単なる捕食対象(エサ)にこれ程苦労させられるとは面倒なことこの上ない。

(無言のままバグの動きを見極め飛来してきた中のバグAを踏み台に水平跳び、そのままバグBの円形の中心をアロンダイトで貫き破壊する)

「まずは一つ」

(『黄金の力』でドーピングされた身体能力を生かしてバグと互角に立ち回るヴィクトリア)



92 :名無しになりきれ:2010/07/10(土) 00:40:28 0
「まさかこんなおもちゃでやられる等とは思っていませんよね?」

(そう言いながらも後ろから迫り来るバグCを、いつの間にか取り出していたフラガラッハで貫く)
(割合にして4割を破壊されたバグは一旦距離を取り、僅かに考えるような素振りを見せた後、3機連携でヴィクトリアを殺しに来る)

なるほど、自律して行動パターンの判断すら出来るというわけか。
最早生き物、さしずめ魔女(セレネ)と使い魔(バグ)と言ったところだ。

(連動した動きで徐々に逃げ場を奪いつつかすめて行く3機のバグ。それを極限まで引き付ける)

「《残響死滅》(エコー・オブ・デス)」

一定の周波数を成した呪文は対象の奥深くまで侵入、反響を繰り返し内部の破壊を続ける。
更に人間に対しては死の残響による精神の汚染、精密機器に対しては特殊な信号の生成による回路エラーの発生。
この二重のメカニズムによる対象の無力化。全く、我ながら悪趣味な必殺技だな。

(ヴィクトリアの眼前ぎりぎり、背後すれすれを通り去ろうとした3つのバグは最終的にどれも見当違いの方向に飛び去り機能を停止した)

「ありがとうございます。おかげでこの中庭にも不自然がられずに私の陣を刻むことができました」

バグの攻撃を躱すために縦横に跳び回ったのが却って役に立った。後は中心点にこれを突き立てるのみ。

(手にしたアロンダイトを足元に突き刺す)
(こここそがこのサンクトペテルブルクに刻んだ練成陣の中心点)

「命までは取りませんしお借りしたエネルギーはきちんとお返ししますのでご安心を」
「その時の支払いは貴方の魔力で、ですけどね」

(紅い閃光とともに都市圏一帯から大量のエネルギーを吸い上げ急激にストックと魔力を回復する)


93 :名無しになりきれ:2010/07/13(火) 13:31:05 0
「…なるほど、三倍から四倍か 承知だ」

レイの姿の誰かは、ひゅうんひゅうんと黒爪を振り回し非常に嬉しそうに呟く

「そういう返答を待っていたんだ。 お前は本気で楽しめそうだ、先刻のイェソドとかいうのよりも、ずっとな」

刀をぴたりと止め、つ、とその背を撫でる

「しかし身体ってのは便利だな さっきからの話を聞くとお前は身体が無かったみたいな言いぶりだが
 俺も同様でね こんな狭い"刀身"にいた時よりよっぽど自由だ まあ結局は返さなきゃだがな」

"黒爪"は最後の台詞だけさも残念そうに呟く だがその言葉の中に本異は感じられない
自分の存在を、刀という存在がどういうものなのかを弁えているかのような、そんな雰囲気がいまの姿にはある

「悪いが優しくはできねえぞ 俺は戦闘しか出来ない脳足りんなんでねっ!」

そしてまた飛ぶ と同時に放たれた螺旋の稲妻を、軽く避け

「夜刀【宵闇】」

一陣の風、それは漆黒のそよ風のように流れ

ッドス

紅白の稲妻がその流れに霧散する。

「夜天連刃【月流】」

立て続けに ドウ、と風が吹く 息をする暇をも与えぬ連続攻撃、数多の斬撃が寸分狂わずRを襲う 

「祭ノ囃子【蛍火】≪火垂る≫」

最後に、切っ先でふわりと弧を描けば Rを囲うように小さな球体が宙を舞う

「さて、今のは大体1.5倍って所だ まだ行けるだろ?楽しませてくれよ"終末"とやら」

峰でとんとんと肩を叩きながら、黒爪はさもつまらなさそうに呟いた。


94 :名無しになりきれ:2010/07/14(水) 12:36:53 0
「強権執行ォォゥー―――ッ!! お前ら外へゴーアウトッ!!」

 意味が分からない。
 緊急に設けられた避難所に現れた金髪の婦警の第一声だった。
 窓をびりびりと微振動させる程の大音声で放たれたその命令は、避難所を混乱の坩堝へと陥れた。

 …あまりの迫力に、誰も声が出ない。
 あの婦警は、秋葉原でも有名な暴力婦警。逆らえば蹴り一発、更に逆らえば半殺し。
 その信じられないぐらいの暴力的手腕で、DQNによるヲタク狩りを一定の収束に導いた実績を持つ。

 そんな怖いお方が、いきなり無茶を言い出した。
 ビルの崩落、全出口の封鎖、突然の浸水に見舞われ、未だ危険な情勢の外に出ろと?

 ……さすがに黙っているわけにはいかないと、1人のサラリーマンがおそるおそる質問を投げかけてみても、

「…え? いや、ちょっと婦警さん……」
「シャラッ!! アタイが出ろと行ったら出るッ!! それともケツに蹴り入れられねえと聞き分け良くならねえかァ!? アァッ!?」
「ひぃいすみませんすみません今出ますすぐ出ますさあ出ますッッ!!」

 はい、瞬殺。
 大音声を真正面から浴びたサラリーマンは、脱兎を周回遅れで追い越す速さで雨中に飛びだしていった。

「外に出たら舎て……、警官の誘導に従って中央通りまで行くようにッ!! さっさとしねえとアタイの黄金の右足で……」

 婦警がゆらりと右足を揚げる。……しなやかな足。
 まことしやかに語り継がれる伝説によれば、不良時代もっぱら都会のギャルサーとの抗争で振るわれたという。
 ”蒼冷めた死の馬蹄(フェイタルギャロップ)”――――そう恐れられたその右足による蹴りは、一撃で肋をへし曲げる威力がある。

 そんな足なのだから、異様な威圧感が避難所を押し潰すように襲う。
 …多く血を吸った刀が"妖刀"として霊気を有するようになり、忌わしき気を放つように。

「ひっ、ひいいいいい! 分かった!! 分かったから助けてくれぇぇぇええええ!」
「おっかちゃぁあぁあああんッッ!!」
「良い仕事してますぅうぅううううぅううっっ!!」                  ケツマツ
「ほう……良い『凶気』だ。願わくは見届けたいものだな、あの女の辿る《運命の涯》を――――!」
 
 ……避難所は、悲鳴の坩堝と化し。
 中で意気消沈していたはずの人々には生存本能の火が灯り、次つぎに雨降る外へ飛び出していく。

              アイスブルー
 ……中に残ったのは、薄氷色の法被を着こんだ集団。
 渋い表情で床に座り込む老人と、その背後ろで困惑した表情を浮かべる老若男女だけになった。


95 :名無しになりきれ:2010/07/14(水) 12:38:02 0
「ワシらは行かんぞ」

 婦警が何か言葉を発する前に、先手。
 …すっかり老い、衰えたはずのその小柄な身体からは、……言い得ない重圧感。
 それが、殺意と敵意を浴びることには慣れているはずの婦警の足と口を、……すっかりその場に、縫い止めた。

「…………弱ったね。アタイじゃ、若すぎるか」

 彼女を動けなくしたものの正体は、年季の差。
 
 老いるということは、老成するということ。
 それは木々が単に樹齢を重ねた末に腐朽するのとではまるで訳が違う。
 老練し、老熟し、時には老獪にもなる。…人が老いるということは、その人生に不動の意味と意義を手にすること。

 …彼女は警官とはいえ、たかだか20年少しを生きた『若き』。
 『若き』は『老い』に勝ることはない。何刻の世も。……その暗黙の内に理解していた摂理が、彼女を自己防衛的に動けなくした。

 …ダメだ。あの爺とまともにやりあってはいけない。
 婦警は、後ろの集団に標準を切り替える。与しやすい方から片付けるのは常識中の常識。

「…なぁアンタ達。納得できないだろうけど、今は黙って従ってくれねえかな。
 外での安全なら、アタイの警官たちが保証する。警察の威信と誇りにかけて、アンタらを保護す」

「ならん」

 ……シャットアウト。
 しゃがれた声が、彼女の説得を途中で切り上げさせた。

「……参ったね。爺さん、アンタが行動の決定権を持ってんのか。
 爺さんが承諾しない限り、後ろの奴らもどうすることもできねえって寸法なワケね……」

「…災害を人の身で制することは出来ん。
 それは先の洪水で証されたこと。……それ明るくして尚、安全な場を捨て、外へ導くとは何事か。
 ………警察ならッッ、民衆の安全を最優先に行動せんかッッ!! 治安を任された者が嘆かわしいッッ!!」

 先ほどの婦警の大音声を遙かに凌ぐ怒号。
 それを真っ直ぐにぶつけられ、思わず肩と拍動が跳ね上がる。
 反射的に全身の力が抜け、崩れ落ちそうになるが、……元不良と警察官の意地で歯を食いしばり、何とか耐えてみせる。

「……くっ。これはもう、アタイの手には負えないよ!
 …ちゃぁんと説得できるんだろうね、お嬢ちゃん? アイツらを動かさないと、この街が火の海になるんじゃないのかいッ!?」

「…お任せあれ、Death」

 ………その声は、婦警の背後から。
 集団にどよめきが走る。…あの不動だった爺でさえ、その表情に躊躇と逡巡が僅かに色を見せた。

 ……婦警の背後から現れたのは、メイド服を着た幼い体つきの少女。
 …日本人離れした白皙の肌と金のツインテール、透き通る薄氷色の両瞳を瞬かせて

96 :名無しになりきれ:2010/07/14(水) 12:39:05 0
「……あ、アイス」

 爺が、少女の名を微かに呼ぶ。
 少女は、爺の孫娘だった。息子と、何処かの外国の血を引いた嫁との間に出来た一人娘。
 しかし両親には早くに先立たれ、今では爺の元で共に暮らしている。妻に先立たれた爺にとっては唯一の肉親だった。

 声色には、安堵が色濃く浮き出ている。…どうやら、今までずっと姿が見えず、不安で苛立っていたらしい。
 対して少女は顔色一つ変えることなく、凜とした鈴やかな声で言い放った。

「……行きましょうDeath、おじいちゃん。外へと」

「…アイス? 何を言っておるのか。…外には危ないことがたくさんあるのじゃぞ?
 それより、お爺ちゃんと一緒にお手玉遊びをしよう。今日も持ってきているから。いつも通り2つから……」

「おじいちゃん」

 …爺のあやすような優しい声を遮る、少女の声。
 ……幼い齢に似合わぬ、強い声。確固たる声。そこには確かな<意志>の込められた、声。
 普段と違う孫娘の様子に、ますます困惑を深める爺。…少女はそれをあえて無視して、先の言葉を続ける。

「……おじいちゃんも、きっと分かっているはずなのDeath。
 …いつもと違う、街の様子に。このまま座して待っていたのでは、滅びを待つだけということに。

 ……そして、知ってもいるはずなのDeath。
 …セレネ近衛隊みんなの身を預かる者としての責任。…それはつまり、命を預かることだということを。
 例え多数の意見(コエ)を踏みにじってでも、その者たちの確かな安全を最優先し、彼らを守らなければならない者の勤めを。」

「あ、…アイス?」

「アイス達は、それを分かっている。理解してもいる。…感謝さえしているのDeath。
 おじいちゃんは最年長として、若い人たちをいつでも精力的に引っ張り、導いてくださったのDeathから。

 …でもね、おじいちゃん。アイス達は、知っている。
 今、アイス達が動かなければ、……この街が。…アイス達の愛したこの街が、死んでしまうことを。
 『少年(カレ)』が喉を涸らしながら叫んだ、その通りの到底信じられない"事実"が。……今まさに、降り掛かろうとしていることを」

 …誰も、言葉を挟もうとはしない。
 いや、出来ない。最も老いて力のある爺さえも、口を噤んで少女の言葉を見守るしかない。

 …そうせざるを得ないような、異様な雰囲気があった。
 まるで爺たちが普段暮らしているこの『日常(セカイ)』とは違う、全く異質で、別次元の『何か』のような。
 どう例えたらいいか分からない、…そんな異質さが。


「何度も生死した歴史の世界で、アイス達は蹂躙されるだけで無力だった。
 ……でも。今こそ。今度こそ、立ち向かうべき時が来たのDeath。おじいちゃん。
 教えてあげるのDeath。驕り高ぶった『非日常(ヤミ)』に。…アイス達の『日常(ヒカリ)』は、お前達なんかに負けはしない、ということを」


97 :名無しになりきれ:2010/07/14(水) 12:41:04 0
          マチ
 冷雨降り止まぬ聖都、秋葉原。
 知られざる激戦に大半を崩落した電気店ビルの、屋上。
 その更にフェンスの上にたたずみ、枢機院、【楽園教導派】上位幹部、《生命の樹》第十位、マルクトは笑みを浮かべた。

 胡乱げな視線の先には、秋葉原を貫く中央通り。
 …先ほどまで人影の一つすら見当たらなかったそこには、すでに集団が出来上がり始めていた。

 彼らを導いているのは、群青の制服を着た警察官。
 ……なるほど。どうやら少年の必死の抵抗は、民事に怠慢な警察の腰をも持ち上げたらしい。

「それで良いのです。…それで、良いのです。
 これでファクターは全て出揃いました。……後は決まられた手順の通りに、駒を動かすだけ。
                                 マスターピース                   マスターピース
 …こんな難しい駒と配置を、よく揃えてくれましたね、《世界の選択》。…やはりアナタは、我らの《最高傑作》に相応しい……!」

 マルクトは、ある種の感動すら覚えていた。
 【主】の言っていたことを初めて聴いた時には、敬虔な彼女もさすがに半信半疑だったのだが。
 …しかし、こうして実際に目の当たりにしてしまうと、いくら疑わしくてもそれを信じるしかなくなってしまう……。

「事実、…ずっと裏側で暗躍していたカノッサを、こうして引きずり出すことが出来た。
 我ら【楽園教導派】の動きをすっかり警戒し、ずっとなりを潜めていたと思われていたのに。……信じがたいことです」


 では、遺跡の件のことも本当なのだろう。
 …かねてより障害だった【アルカナ】の『世界』を葬り、かつ遺跡内部の貴重品には手を出させなかったことも。
 ………ただの偶然だろうと、マルクトは高をくくっていたが。


「何と云う不敬。…お許しください、【主】よ。
 ……遺跡内の宝物を、丸々【アルカナ】の連中に奪われてしまったのは残念ですが。
 しかし、《世界の選択》の試運転としては上々すぎる成果を見せてくれたと、そういうことなのですね……!」


 【主】は、世界の因果律を操作できる。そういうことになっている。
 ならば、人1人の行動、意識、その行動決定に関する全てを操作することもできる。
 マルクトが聴いた《世界の選択》の原理は、こういう至ってシンプルで、だからこそ信じがたいものだった。

 言ってしまえば、場の情勢を【楽園教導派】にとって都合の良いものにするための手駒。
 邪界では知らぬ者はいない《世界の選択》を、呪術的、そして人為的、あるいは奇跡的に再現した存在。


「人間の意識とは、深淵にして深遠。
 神でさえも到底手の及ぶべきでない領域と、私は信じていましたが。
 ……これはもう、認めざるを得ない。【主】は神でさえ届かぬ高みへと、達してしまった………ッ!!」

 【主】は哀れな青年に、皮肉な名を授けた。
 《マスターピース》。         Masterpiece          Master's Piece
 …その意義は、《選ばれし者》。《最 高 傑 作》。……そして、《創造主の手駒》。

「もう懸念はいりません。存分に招待いたしましょう。
 我ら信徒にのみ出入りを許され、今や賊に押し入られた居城へと。…アナタの力、その発揮を期待していますよ、結城陽一郎!」


 陽光の未だ差さない雨空に、愚かなる哄笑が響く。
 驕り高ぶった『非日常(ヤミ)』の笑い声が。
 ヤミを喰らう更に深淵/深遠きヤミが在ることにも、気づかずに。

98 :名無しになりきれ:2010/07/14(水) 18:20:59 0

「お」 「ま」 「え」 「か」

(そこそこに社交的であった態度は一変、ステラの目は知人を見据えるものから敵を呪う怨嗟の目へと変化する)

「――おまえかァァァァァアアアァァァァアァァァァァ!!!!!!!!!!!!」

(それを憤怒と言わずして、何と言おう。)
(怒髪天を衝くが如くにステラは滾る。ただ、身体を怒りに任せて)

 ……ッ!?

(影による束縛はまるで紙きれのように、ステラの「邪気」のみに粉砕される。)
(驚愕の表情を表す間もなく、次の瞬間にはその細腕がシェイドの顔を貫かん勢いで打ちこまれていた。)

「っるあああああああああああああああああッッ!!」

(拳による衝撃と、資料室の壁に体を打ちつけた衝撃が伝わったのは同時だった。)
(シェイドは文字通り光速で殴り飛ばされる。それは殴られた、というよりも、まるで重力に磔にされたような感覚。)
(勢いはそれだけに収まらない。元々それほど良質な素材を使ってはいなかった資料室の壁は重力に負け亀裂に負け崩壊を決する。)

 ………ッ!!

(浮遊感覚──ここに来て研究者は、はじめて自分がステラ=トワイライトに殴られたと言う事実を認識する。)

「【ライトニングセイル】」

(ようやく痛みを認識し出した更にそのコンマ1秒後、僅かな光を残し───追い討ちをかけんと、ステラが縮地もかくやの光速で接近した。)

 は───!

(次に放たれたのは──またもや、アス=モデに匹敵するような憎悪を封じた一発の踵落とし。)
(地に対し平行な姿勢をとっていたシェイドの見事に中心を───鳩尾を捉え、鬼もかくやの力強さで振り下ろした。)

 ──ッ!!

(研究者は為す術無く、猛烈な勢いで日の光降り注ぐ地へと叩き落される。)
(土煙が立ち込める。彼を中心に形成されたクレーターの大きさは、目視で半径2メートルにもなった。)
(異能者ですらも捉えられぬ超光速の反則コンボ。決まっていれば全身骨折などではない、体中の骨同士が微塵となり、後には液体しか残らなかったろう。)

99 :名無しになりきれ:2010/07/14(水) 18:22:12 0
(───土煙が、晴れて行く)
(研究者はクレーターの中心にあり、膝を付いてうずくまっていた。)
(鳩尾を中心に、白衣の白は放射線状に赤を塗られている。また口元からは涎と判別がつかぬ量の赤い液体をダラダラと流しつづける。)

 ………………。

(裾で口元を拭い、のそりと立ちあがる。)
(黒褐色の血にまみれた顔に浮かぶその表情は───まるで能面のような無表情。)

 ……ふむ。実に好ましい。人間離れした脚力、腕力。それに邪気を用いて瞬間移動…か。
 …面白い………興味深いな…。

(顎に手を当て、何事か思案する。)
(ブツブツブツブツと病的に呟いた後、アリス=シェイドはクスリと笑った。)

 ……この程度か?
 違うだろう、ステラ=トワイライト。“貴様の力はこんなものじゃあない”筈だ。

(ごふ、と吐血。白衣は更に鮮烈な紅に染まる。)
(ダメージを受けたのかと問われれば、致死に近く受けている。だがその声はまるでそれを感じさせない、極めて淡々としたものだった。)

 この程度ではまだ私は死なない。さあ、続きをしよう。
 こちらからの攻撃に対応しつつ、自分なりの全力を叩きつけてみたまえ。…貴様はそれが出来ぬほど、脆くは無いのだろう?

(桁が違うステラ=トワイライトの不自然なまでの近接戦闘術。一度見たならば、まず近づこうとはしないだろう。)
(しかし「これ」には「それ」は通らない。返り討ちに遭うのを承知でシェイドは身をかがめ、一直線にステラへ接近した。)

(白衣の袂から出した生物解剖実験用鋏(二本目)。それを真一文字にかざし、ステラに突き刺そうとし───た、瞬間。)

(シェイドの体が、泥のようでろりと揺らぐ。)
(やがて黒い人形に戻ったその姿は水音を立てて足元の影に沈んだ。)

 【影探眼:業火陽炎(イグニス・イリュージョン)】

(背後──ステラの影の上に立ち、紅く染まった唇で呟く。)
(邪気眼を用いた変わり身…シェイドはステラの首筋へ狙いを定め、鋏の持ち手を叩き付けた。)

100 :名無しになりきれ:2010/07/16(金) 06:21:49 0
頸に僅かに突き立った魔刀。
そこに蹴りを叩き込んで、頚椎を切断する…そのつもりで放った蹴りはいとも容易く防がれた。

(…傷は即座に治癒か。しかも僕より上等な治癒術式…まいったね)

レインマンは後方にトンボを切って跳躍して着地。
「‥‥さて、続けようか。」

彼女の右手がレインマンに向けられた瞬間。
赤と白の稲妻が螺旋を描きながらレインマンに襲い掛かる。

『call of water』
壁から水が湧き出したかと思うと、水は二筋の奔流となって空中を泳ぎ回る。
水の蛇の先端が二つに分かれると、稲妻を飲み込む。

稲妻はまたたくまに蛇の腹に収まり、蛇は雷光で光を発しながら中空を旋回する。

『uroboros!』
レインマンは顔の前で両の掌をパン!と打ち合わせた。
蛇は自らの尾に喰らいつこうとし、一本の輪になる。
輪はその円周を狭め、互いを喰らい尽くして消滅するかに見えた。
しかし、光ののちに雷音が轟き、稲妻は一本に収束する。
赤と白に明滅する稲妻は、圧倒的なまでの熱量でレインマンを襲う。

『雨泳眼に意識を委ね…高速ルーチン開放…』
レインマンは傘を床に突き立てる。
傘の先端はコンクリートの床を穿ち、傘は床へと固定される。

『伸びろ!“黒い傘”!』
地面に突き立てた傘は、突然伸長を開始。
傘の柄は天井にめり込んで床と天井を繋ぐ。
黒い傘は自動的に電界を発生させ、稲妻を傘本体へと誘導する。
そしてレインマンは、ひとさし指と中指を立てて、Rに向けて振りぬく。
天井のにこびり付いた血と、Rの足元に僅かに残る血溜りから、血液が一筋の赤い糸のように蠢く。

『水脈導―』
その結果――

バヂィッ!
レインマンは、後方へ吹き飛ばされ壁へ激突する。
意識が、飛ぶ。
レインマン、超高圧電流を受け心停止。
だが『雨泳眼』が心臓の血流を強制操作。
脳へ血が巡り、混濁する意識の中でレインマンは再び覚醒する。

バヂバヂバヂバヂィッ!
その瞬間、床と天井を繋ぐ雷撃がRを襲う。
Rの全身に赤と白の光り輝く蛇が這い回る。

レインマンは黒い傘に雷撃を誘導するのと同時に、
天井と床に残った血液を細い糸のように伸ばし、黒い傘に絡みつかせていた。
そして、黒い傘を通じて稲妻のエネルギーは導火線、いや導“雷”線を通じて
足元と天井の両方向からRを打ち据えたのだ。

「雷撃は…返したよ…(くっ…ピアノ…まだか!もう時間が…)」

101 :名無しになりきれ:2010/07/16(金) 06:23:16 0
―キィンッ

「誰だ?僕の領域に異能者が…」

レインマンは自ら発生させた降雨圏内、周囲半径1キロ以内をサーチ。
それはすぐに見つかった、電気店ビルの、屋上。

「誰だ?」
屋上に佇む女性は、ビルの屋上から群集を眼下に見下す。

―――CALL! CALL! CALL!
黒い傘を通じてレインマンの意識野へ何かが割り込んでくる。
――『そいつだ、よく見つけた“レインマン”』
体内通信、発信者は“S”。

『こちらで全てモニターしていた…よくやった…レインマン』
『ではアレが…』

『そう、今回の主犯と言ったところだな…高見の見物にお出ましといったところだろう』
『何者だ?』

『あれが“楽園教導派”我々の“敵”だ。
 彼らの正体は異能者集団だ。
 今まで決定的な情報がなかったがこれで確信できた。
我らは初めて、敵ををその両眼に焼き付けた…という事になるな』

『彼らはただの宗教団体じゃなかったのか?
 カノッサを攻撃する理由など…そもそもあの戦力はどこから沸いて出た?』

『楽園教導派は誰を信奉する集団だ?』
『“あの御方”…ッ!』

『そうだ…彼らが使う兵装、術式、それら全て一切がカノッサにはない物だ。
 彼らの使うものは、現代邪気工学や旧世界技術の紛い物ではとうてい作れない…
それを提供できる存在は…一人だけ…つまり…』

『“創造主”は敵だ』

『馬鹿な』
『いい加減にしろレインマン、お前は初めから“あの御方”などアテにはしていなかっただろう?』
 お前はお前の求めるものの為だけに動いていたハズだ…違うか?』

『それはそうだが…
 “あの御方”の意図は人類を見守る事だと思っていた!
 それが監察部の使命だ!事実、僕はそう教育されてきた!あんたもそうじゃないのか?』

『私が知るのは事実のみだ』
『…これからどうするつもりだ』

『私はこの情報をカノッサ上層部に持ち込む。
無視される事を覚悟でだ。だがそれだけではない』
『何だと?』

『この情報を全て公開する…全てのカノッサのエージェントに向けて』
『何を考えてる?“消される”ぞ?あんただけじゃなく僕ら監察部ごとだ!』

『彼ら上層部は今まで真実から目を背け続けていただけだ。
 それでは戦争には勝てない。誰かが全員を目覚めさせなければならん。 
 この情報で新たな時代が始まる…カノッサ機関は生まれ変わるのだ…真の力を求める集団へと』


102 :名無しになりきれ:2010/07/16(金) 06:24:08 0
『“真の力”だって?そんなもの…あるわけがない!』
『なぜだ?どうしてそう言える』

『“強さ”も“力”も…“正しさ”さえも…所詮は相対的なものだろう?
  必ず他の誰かが、何かが現れて滅ぼされ掌を返される…
  カノッサはそんなものとは関わりなく“世界意思そのもの”
  として在り続け…世界を見守ってきた』

『その世界意思とやらは創造主の事だろう?
 創造主は我々を切り捨てたのだ。ならば我々も…その相対的何とやらの争いに巻き込まれる。 
 …それだけの事だ』

『…その“真の力”とやらを手に入れたとして僕らは生き残れるのか?世界はどうなる?』

『誰が生き残ろうとカノッサが勝利すればよいのだ。
 世界など幾らでも作り直せる…
お前は知らないだけなのだ、創造主は特別な存在ではない…』

『なんだって?それはどういう…』
『時間がないのでそろそろ失礼する』

『待て!爆撃命令の解除がまだだ!』
『残念だがそれはできん、待って1時間、それが約束だ』

『これ以上の破壊は無用だ!』
『“これ以上の破壊”を防ぐために魔方陣を破壊する必要がある…ブリーフィングで説明済みだが?』

『解除するための作戦を展開中だ!』
『その作戦が成功する確率は未知数だ。不確定な数字は信用できない…』
『くっ…』

『本当に間に合うと思っているのかね?レインマン』
『“S”…これが最適の解だ…他に方法はない』

『よかろう…ならば見せてもらおう。彼女がどれほどの事ができるのか…
ちなみに残り1時間もないが、どうにかするがいい』

『“S”…彼女をあまり甘く見ないほうがいい』
『笑わせるな…若造風情が女について何を知っている?まあいい。お手並み拝見と行こうか』

『どのような結果になるにせよ必ず“アルファ”へ帰還せよ…第三課は人手不足なのでね』
『了解…帰ったらあんたには色々と言いたい事があるからな…』

『覚えておこう…お前なりの選択だな…』
『ああ…僕なりの選択だ』

『『ラ・ヨダソウ・スティアーナ』』

――over

103 :名無しになりきれ:2010/07/17(土) 11:09:57 0
「へえ…やるじゃない鷹一郎 出来るかどうかは不安だったけど」

ピアノは雨と風にマントを揺らしながら、足元の群衆を見る。
その中には鷹一郎はいない 先導しているのはあの時の婦警

「本当は鷹一郎がいた方がよかったんだけど… まあ計画には支障は無いわね」

ピアノは「にや、」とほくそ笑むと、指の関節をパキパキと鳴らす。

「さ…準備はいい?」

「いつでもどうぞー」

ウィスの言葉に一層笑みを大きくすると
す、と両手を前に構え、そして横に大きく広げる

 ト ラ ン ス
「展 開 っ!」

途端、ピアノの腕から、脚から、首から 無数の機械が飛び出してきた。


ドカ            ガシュン            ギシャン
   キリキリキチ      バコン    カァン
            ドシュー           バタコン   ガキャン
       ジャコキン        ドコン ドコン
ドン キコン       ガヒュッ    シャカシャカ..カション



複雑に絡み合い、複雑に組合い、複雑に動き回る機械群は 見る見るうちにピアノを覆い隠し、ビルの屋上に奇怪な姿を構築していく
そして、いびつな円錐とも円柱とも言えない姿の上部がぐるりと回り、ガコン、と固定されると。 後部ラジエーターから派手に蒸気が噴き出す。

「各要素異常なし 幻視素体密度、1.00で固定スタンバイ....完了 各デバイスドライバ動作チェック....完了
 …OK、ウィス お願いね」

「あいあいさー!」

ウィスが自分の脇にある赤いボタンを景気よく押す。と


ぽんぽんぽん ヒュゥゥゥゥゥゥ〜 ドン ドンドン パリパリパリ…


中央通り、そこを歩く彼らの後ろから、盛大に花火が撃ち上がる
雨の中の花火 その異様な光景に、誰もが後ろを振り向く事だろう。


104 :名無しになりきれ:2010/07/17(土) 11:11:08 0
「幻視質量.....展開! 素体固定フルパワー!」

誰もがそちらに目を奪われる中、元凶であるピアノはただひたすら手を動かす。
ピアノを苞する機械群は、大きく排気を噴き アームのようなものを伸ばして彼らの後ろに光を照射する

「幻視質量異常なーし 素体固定進行速度108% 完了まで 3...2...1...」

そして花火が終わり、何も知らぬ人々が後ろを振り向いた時、今度はさっきまで何も無かったはずのそこに、立派なステージが出来ている事に驚く事だろう

「ステージ構成完了…! 指向性花火、リロード、スタンバイ!」

「りょーかい!花火ステンバーイ!」

「光学迷彩オン! 遠隔ジェネレーター出力Max!」

「ホロ・ファンネル異常なーし! ジェネレーター出力100.00%!」

ピアノとウィスが交互に声を張り上げ、狭い部屋の中、最低限で最適な動きで機械群を動かしていく

「オーケィ…レッツ、パーーリィーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!1!1!!!!」

そして全てが整ったらしく、ピアノはより一層声を張り上げ、眼前のレバーを引き倒した。


バァン!バンバンバンババババババ!


そして今度は眼前のステージから花火が噴き出す。

バババババ.....バァァン!

そして最後に、いっそう大きな破裂音と共に
雨が、止んだ。

レインマンが能力を止めたわけではない 彼の、能力以上の力で 雨を雲ごと吹き飛ばしたのだ。
それは一瞬にして晴天に逆戻り、昼下がりの日光が秋葉原を照らす。

「指向性拡散衝撃爆弾…特定の方向に高威力の衝撃波を発生させる爆弾、か これで半径3km程度は晴れに逆戻り」

「私語は慎みなさい、ウィス これからが忙しいのよ」

「わかってるよー じゃあ、私はキャプチャーモーフに行くね」

「頼むわよー」

ウィスが後ろの小さな穴から出ていくと、ピアノはまたパキリと指を鳴らす。

「さて ホロ・ファンネル、展開! 空間座標X(22)Y(54)Z(3)に確定、プログラム連結…完了 ウィス!準備はいい!?」

『いつでもっ!』

スピーカーからウィスの声が響く、モニターには小さな真緑色の部屋で待機している姿が映っていた。

「さあ、三千院セレネ サプライズライブの始まりよ!」


105 :名無しになりきれ:2010/07/17(土) 11:12:38 0
メインモニターを睨み、かち、かちとスイッチを切り替えていく
外部マイクのスイッチを入れていなかったが、外ではナレーションが上手く動いているはずである。

「..5..4..3..2..1 GO…!」

脇のサブモニターをちらと見ると、ウィスがすっと動き出すのが映る
メインモニターに目線を戻せば、その動きとリンクして三千院セレネがステージ上に現れた。
外部マイクのスイッチを入れると、嬌声に近い歓声が届いてくる。

「完璧ね、風力 南から3,物理演算調整異常なし 幻視質量も異常なし モーションブラー、ダイナミックイルミネーション演算、正常稼働中」

そして、歌が始まる。  "触れられる幻影"の三千院セレネが息を吸うのが分かる
サブモニターのウィスも、楽しそうな笑顔を振りまきながら小さく言葉を紡ぎだす。

「さあ…届きなさい 銀河の、果てまでーーーーーーーーーーーー!」

魔法陣を、絶望を突き崩す歌声が 大きく穴のあいた空に響きわたった。


106 :名無しになりきれ:2010/07/17(土) 17:50:14 0
銃声が響く、返り血が飛び散る。銃声が響く、返り血が飛び散る。
『節制』は白いコートを血に塗しながら進む。
火薬で喫煙しているように、黒金の回転式拳銃は硝煙を吐き出す。確実に始末(ソウジ)しながら。
吐き気を催し、頭痛を起こし、前を前と認識できない相手の脳を、連中の地面に擦り付けている頭を。

銃声が響く、返り血が飛び散る。
少し疲れた体を壁に預け、そして弾倉を振り出す。
コートの内側から取り出した弾丸6発を装填、再び弾倉を戻した。
鉄と鉄の合わさる音を心地良さそうに聞いて、息と独り言を吐き出す。

「はぁーっ、これで何人だあ?……いや別に数えちゃいないけどさあ」

使った弾丸は18発。.357マグナムの反動は中々にきついのに、18発だ。
最初の部屋で2発、そしてここまでくるのに16発。
結構なペースで使っている。まだ弾丸はあるが、戦いが終わるまでに尽きてしまいそうだ。
もう一つの武器、そして自身の主戦力(メインウエポン)である『制縛眼』は
しかし先程かけた2つの『禁止』を連続使用中。
『制限』の方は外しているとはいえ、邪気の消費もたまったものではない。

悪い内容はそれだけではない。
あの部屋からまだ2,30mというところだというのに、既に先の『禁止』が薄れているのを感じている。
半径50m、確かに構築(イメージ)したというのにだ。何故か。
その答えはSimple&Easy。邪気眼使いにとって、恐るべきは3つ。
同類である『邪気眼』。邪気眼とは似て非なる『異能』。
そして、邪気を打ち滅ぼすべく作り出された物質。

「……『聖銀』のせいかあ。邪気を用い扱い操り使うこの身にとっちゃあ、全身全霊で忌々しいねえ」

何処かに埋め込まれてでもいるのだろう。それともそこらの武器庫にでも聖銀を使ったものがあるのか。
どちらにしろこの様子では、上階まで『禁止』が及んでいないとしても不思議ではない。

(しばらく足止めにでも、なーんて思ったんだけどなあ……やっぱり現実っていうのは厳しいねえ。
 だからといって二次元の世界へ羽ばたく気も起きないけどさあ。ついでに言えば『吊られた男』の趣味も論外だし)

脳髄が吹き飛んだ死体を蹴飛ばして、傍の角の向こうを見やる。
……人影は無し。既に他のメンバーの迎撃へとでも向かったのか、まだこちらに来ている途中か。
しかし今は好都合。その分『箱舟』の詮索・散策・捜索の時間が増える。
カツカツと早足気味に通路を進み――


「おーい、侵入者ってのは君か?あーんなバカスカ殺しちゃって、処理するこっちの身にもなってよもー」

「……はあ?」

――唐突に声が掛けられた。
『節制』は一瞬戸惑い、一瞬驚き、一瞬呆れて一瞬で振り向く。
そこに居たのは、何処にでもいそうで何処にも居なさそうな、ありふれた中年男性。
恰幅の良い腹、もうそろそろ剃ってもいいくらいの髭。
慣れ親しんだ様子で煙草を吸っているその姿はそこらのサラリーマンでよく見かけそうなものである。

「おじさんは『シガレット』。君は――諜報部からの情報によればアルカナの『節制』君だっけ?
 物理法則に新たな制限を書き加える邪気眼を使うらしいじゃない、それじゃ。そのルール、破ろうか」

その言葉で『節制』は銃の面を上げさせ――――る、前に。
それよりもずっと早く、『シガレット』が目の前に現れた。

107 :名無しになりきれ:2010/07/17(土) 17:51:31 0
「……ハッ!?」

「――おじさん、チョイ悪だからね」

口から手へと移っていた、火の点いた煙草が宙を貫いた。
普通ならどんなに勢いをつけて投げたとしても、煙草などというスカスカしたものが飛ぶ距離など高が知れている。
しかしこれは――弾丸。そう差し支えもなさそうなレベルで『節制』へと迫る。
常人なら避ける間も無くぶち当たっていることだろう。

だが、少しでも戦闘慣れしているのが幸いしたか。幸運は『節制』の元へと舞い降りた。
脳内で鳴動した警鐘に応じて、額を貫く一瞬――本当に一瞬だが――前に重心を背後へと傾けバックステップ。
赤々と輝く先端から紫煙の軌跡を描く弾丸が、白々しい白さを持つ山高帽に着弾した……のだが、既にそこに『節制』の頭部は存在しない。
結果、『シガレット』と『節制』間の空気と貫いた煙草は、帽子を巻き込んで後ろへとスッ飛んでいった。

その始終を見た『節制』は動揺を孕んだ思考を生み出し、同時に敵の能力の解析へと努め始める。

(なんだあッ、今のなんだあ!?煙草の動きじゃあない!
 例えるなら、槍投げの『槍』!ダーツの『矢』!
 普通じゃあどうやってもあんなのは無理、なら敵――『シガレット』の異能かあ!?)

煙草を見送ったまま背中で床をすべり、更に重心を後ろへ、両手を床へ全力で押し付け後転。
視界が縦に一回転。天井、逆さまになった背後、地面、再び正面へと向き直る。

(しかしそうだとして、どういう法則の元に――)

「――いいっ!?」

――既に敵は動いていた、らしい。

見えるのは一面の煙。煙幕。真っ白ではなく、少し色の付いた白だ。
向こう側の床・壁・天井を覆い尽くし、少しずつ迫ってくる
何処からこの量の煙を持ってきたというのだろうか。
発煙手榴弾などなら出来るかもだが、そんな物の破裂音など何一つ聞いていない。

(異能で音をどうにかした?いや、今はその仕掛け(トリック)を暴く必要は無い!
 どうする!牽制に撃つか、とっとと『禁止』でもやってみるかねえ……?)

僅かの間の迷い。

「――迷っててもいいのかな?」

その迷いは、そのまま節制を窮地へと陥れる。
同じ色の煙を吐き出しながら、煙幕を突き破って出てくる敵。
突発の事態に『節制』は反応しきれず、伸ばされた手を払い除ける事も叶わなかった。
男にしては華奢な首を無抵抗に掴まれて、気管を絞め潰されていく。

「グえ……ッ!?」

あっと言う間もなく意識が後ろへとスッ飛んでいくような錯覚。
ヤバイ、と感じてもいつもの『禁止』に使うには少なすぎる(タリナイ)邪気。
銃を取り落としてその手を外しにかかっても、腕力の差か異能のせいかピクリとも動くことは無い。
傍から見れば、その様はまるでワニに捕らえられたサル。絶対的状況。
『節制』ができたのは、右手で『シガレット』の絞め殺そうとする手を弱弱しくはたくことだけだった……。



108 :名無しになりきれ:2010/07/17(土) 17:53:04 0

が。

「!」

「……カハッ!ぜぇーっ!」

突然、はたかれた『シガレット』の手が外された。否、『力が抜けたように首から自然と外れた』。
これ幸いとばかりにもう片方の手を引き剥がし、『節制』は一度大きく呼吸をする。
二度目の呼吸と同時に、床に落とした拳銃をへと手を伸ばした。

「逃さないよ」

流石に『シガレット』がそこを逃す筈もなく、しゃがむ『節制』を蹴り飛ばす。
同時に異能が発動し、直線の軌道を描いて白服の青年は壁へと叩きつけられる。
再びグえと蛙が潰れたような声を搾り出すと、受身も取れずに床へと崩れ落ちた。
打ち付けた背中と蹴られた腹部の痛みに悶えて荒い呼吸を繰り返す『節制』。

それを遠目に見つつ――『握ることの出来ない片手』を確認する『シガレット』がいた。
開けばそれに応じて指は伸びるが、ある一点から一転して握ることは不可能と化している。

「ふうん、これが『節制』君の噂の邪気眼かい。おじさんの右手にどんな制限を科したのかな?」

「ゲホ、ゲホッ!ぜぇ、はぁ、はぁ……お、教えることなんざ、ぜぇ、ないぜえ……!うう」

威勢良く歯向かって親指を下に向けているものの、ふらふらと立ち上がる姿はダメージの量を推察させる。
間一髪で拳銃は掠め取れたらしく、右手にそれを握っている。

(ちい、敵さんは触れたものに能力を発動するらしいなあ……おかげで蹴られて激痛疼痛苦痛。
 骨の一本二本は折れたかも……。『拘束の禁止』が出来ただけでもラッキーかねえ)

『節制』の持つ『制縛眼』――それは、溜めた邪気を与えることによって効力が発揮される。
先の『平衡感覚の禁止』であれば、銃撃音に乗った邪気。
『呼吸の禁止』と『攻撃の制限』であれば、踵で鳴らした靴音に乗った邪気。
そして今の『拘束の禁止』であれば――自らが直に『シガレット』へと与えた邪気。
溜めた邪気が少ないが故に、『拘束の禁止』がされる範囲は自然と少ないが。
そして、同時使用出来る『禁止』の数は少なく――たったの3つまで。

「くそ、どうするかなあ」

なんとか殺されずに済んだが、『節制』は今の数秒の交戦で理解し(ワカッ)た。
『禁止』の残り一つでは彼を殺戮(ツブ)すことなど叶わないと。
ただただあしらわれる/やられる/殺されるだけだと。
それほどに――

「強い、ねえ……!嗚呼、畜生。雑兵(ザコ)ぐらいまだ押さえつけておくつもりだったのに……!
 いいぜえ、楽しく愉快に心地よくその命、『禁止』してやるさあ!」

言葉と共にガスッと地面を強く蹴った。
一帯の『禁止』を解除。這い蹲っていた雑兵のめまいや何やがすぐさま取っ払われ、先程の部隊の呼吸も戻る。
『シガレット』の右手の拘束感も消え、自由が帰ってきた。
同時に『節制』の痛みでおぼつかない筈の足元が、通常のそれへとシフトする。

「『痛覚の禁止』……んでもって、今度の順番はこっちだよなあ、『シガレット』さんよお!!」

爛々と赤と青に光る目は、拳銃の照準を合わせ――ることもなく、只管に敵を睨みつけていて。
暴力的に金属質な拳銃は、精密な狙いをつけ――ることもなく、大雑把な方向へ口から弾丸を吐き出した。

109 :名無しになりきれ:2010/07/19(月) 23:56:53 0
『まさかこんなおもちゃでやられる等とは思っていませんよね?』

そう発した頃、すでに侵入者ヴィクトリア・ゴールドセリアはバグを2つも破壊し終えていた。

(あ……れ? もしかして時間稼ぎにもなってなかったり?)

いくらセレネといえども相手の正体がわからなければ攻めようがない。
否、「押し寄せるエネルギーを吸収する」「目にした攻撃をコピーする」などといった敵を知っている、想定せざるを得ないが故にかえって初撃に手心を加えてしまったセレネは相手の力量を測りかねていた。

(もうすぐバグは全滅する。それなら今行くしかないはず!!)
                   エターナル・ソード
「剣と化せ、我がカード!SWORD VENT 英知と追撃の宝剣!!」

鈍い藍色に光るその剣は、常人未満の体力しか持たないセレネには不釣り合いなほど大きく、その刃渡りは10メートルにも至ろうとしていた。
それが、宙に浮いているのだ。
正に天と地を裂くがごとき横薙ぎはセレネの腕力とは全くの無関係、ただその膨大なまでの魔力がその剣の試し切りの原動力であった。
しかし、事態は急展開を迎える。

『ありがとうございます。おかげでこの中庭にも不自然がられずに私の陣を刻むことができました』


110 :名無しになりきれ:2010/07/19(月) 23:58:20 0
(練成陣?ふーん、ここに来る前に準備はしてあったとみるのが妥当かしら?)

すんでのところでセレネはエターナル・ソードの渾身の一撃をキャンセルした。
残されたのは魔力の残滓と所在無さげに宙に浮かぶ魔剣のみ。

「ただの暗殺人かと思ったけど、ずいぶん派手なことをするのね。」

都市練成陣。人口密度の激増した現代においては中世の国土練成陣に匹敵するだけの生贄を都市一つで賄うことが出来る。
この場合の利点は実際に描く練成陣が小さなものでもいいこと、逆に欠点は昼夜や突発的事故などによる人口の変化が失敗の原因たり得ることである。
その点今回はセレネの来訪に伴い多数の市民がこのサンクトペテルブルクに詰め掛けていたためむしろ好都合であった。
これを鑑みるとロシア西部の人口3000万人を取り込むことも不可能ではなく、『奇跡』カテゴリに換算して3〜4奇跡といったところであろうか、少なくとも対人術式としては最高峰のモノを行使できると考えられる。

『命までは取りませんしお借りしたエネルギーはきちんとお返ししますのでご安心を』
「意外にもヒューマニティにあふれる対応にちょっと感激かも。」
『その時の支払いは貴方の魔力で、ですけどね』
「前言撤回。人様のために死んであげるなんてぜーったいありえないから!」

問答の間にも既にヴィクトリアは陣の中心点に自らの魔剣、アロンダイトを突き立てていた。
ここで死んでやる気など無いセレネの取った行動とは


111 :名無しになりきれ:2010/07/19(月) 23:59:48 0
「"Buster Spear"」

『北のヴェネツィア』全土を覆う紅の光はセレネの周囲の身を器用に避けて拡がった。

「陣」という概念に属する事象を破壊する術式、バスタースピア。
同カテゴリにはバスターランス、バスタージャベリン、バスターファランクス、ヴィクトリーファイアといった様々なものが存在している。
たとえば陣全体に干渉し、場合によっては発動不能に陥らせることも可能なバスターファランクスを使えば多くの一般人への被害が防がれたであろう。
その中でセレネがあえてこれを選んだのは、ひとえにその簡潔さにある。
魔術、魔法の行使には「呪文の詠唱」、「式の構築」、「魔力の充填」といった手順が存在する。
いくら思考発動に近いセレネの魔法でもそのルーチンは単純な方が望ましい。ましてや自分の身が危険に晒されているというのであればなおさらである。
そこでセレネは「最速」かつ「最も確実に」自らの周囲の陣を破壊したのだ。

ここに彼女の一種の傲慢さが見て取れるとも言える。
彼女にとってもっとも大切なのは自身であると同時に、彼女の行動は「たとえ数千万人の命を代償にしたような敵が来ようとも自分は負けることは無い」という自信に裏付けられているのである。

「たかが数千人取り込んだくらいであたしを殺せるとでも思ってるの?」

セレネは既に次の3枚のカードを用意し終えていた。

Unlimited Atomic Fire
「"無限の核攻撃 "!!」

『核の衝撃』のカードから流れ出た魔力は即座に小さな核反応を起こし敵のもとへ迫る。
いくら自分の土地とはいえ、本来こんな市街地の中心で核を使用するなどありえない。
そこでセレネは魔力を抑えることでごく小規模、周りの住人が被曝しない程度の核爆発を起こすと同時に、
「分割」「コピー」の術式を組み合わせ、正に無数の核攻撃を放つことで本来の核の有用性のひとつ、逃げ場のないという要素を残そうと考えた。


112 :名無しになりきれ:2010/07/20(火) 21:28:05 0
「あ……あ……」

放心虚脱の状態へと陥った『スマイリィ』は覚束ない足取りで、『魔術師』が沈んだ奈落へ歩み寄る。
膝を突き、床に這い蹲り、悠久たる洞穴の底へと手を伸ばす。

「まじゅつし……さん……?」

返事は、当然無い。
それどころか何気なく彼を呼んだ言葉に、自分はまだ『魔術師』の名すら知らなかった事に気付く。
何処までも自分本位に彼の傍にいる事だけを、壊れかけた心を繋ぎ止める事だけを望んでいたから。
彼女は本当の意味で『魔術師』を愛してなどおらず、ただ愛してると言う行為によって自己を守っていたのだ。
後者に関しては深層心理の領域のみでしか悟れぬ事だが、それでも湧き出た悲しみは心の表に滲み、更に落涙と化ける。

「あ……う……あぁ……」

無明の穴を虚しくまさぐる『スマイリィ』の傍らで、靴底が床を踏み躙る。
『ハイライト』だ。眼光に潜む感情は想い人を亡くした事への憐憫か、今に至り尚も悲観に呑まれる事しか出来ない事への侮蔑か。
それともかつての友が自分に見向きもしない事への悲哀。
或いはそれらが混じり合って出来た彼女にすら理解出来ない負の感情かを視線に宿し、『スマイリィ』を見下ろす。

「立ちなよ、『スマイリィ』。もうイイ人さんは助からない。
 だけど魂は救える。そしてその後は永劫一緒。そこが折衷案、妥協点だよ」

彼女の言葉に、『スマイリィ』は反応を示さない。
ただ意味を含有しない声を零し、深淵を覗き込むばかりだ。

「……それとも、二人して『ゲブラー』様の元に行く? 二度と会わせてもらえないのは、間違いないけどね」

戦闘の最中でさえ抑揚に富んだ底抜けに明朗な語り口をしていた『ハイライト』は、
しかし今背筋が凍り付く程に冷徹な声で『スマイリィ』に選択肢を突き付けた。
苦くも幸福な結果に収まる妥協点と最悪の結末を並べる事で、彼女の歩む道を誘導すべく。
異能の気配を漂わせた右手を揺らして、『ハイライト』は『スマイリィ』を見下す。

そしてスマイリィは――ゆっくりと立ち上がった。

『魔術師』が消えた穴を最後に一瞥して、それから光に乏しい虚ろな瞳に『ハイライト』を収める。
彼女の視線には歪な刃の如き殺意が、蟠っていた。
彼女が取った選択肢は『ハイライト』が密かに危惧した第三の選択肢。

「……そっか、それがあんたの選択か」

『復讐』だった。
既に常軌を逸した精神状態にある『スマイリィ』に、理に適った判断など望むべくもなかったのだ。
ただ感情ばかりが先走り、暴走し、彼女は敵意の炎を燃やす。


113 :名無しになりきれ:2010/07/20(火) 21:29:29 0
「あたしと、やる気なんだね」

深く息を吐く『ハイライト』を睨め付ける『スマイリィ』の体躯が、悍ましく変貌していった。
十指は残さず歪曲し鉤爪として転生し、四肢も同じく凶悪な造形の刃を生やす。
胴部と臓腑は肉抜きを施したように空洞が並び、代わりに彼女の周囲に殺意の紫電が、憎悪の業火が渦を巻いた。

「うん、分かってる。あんたなりの考えだよね。じゃあ始めようか――」

小さく、『ハイライト』は呟く。
別れの合言葉を。
意味など無くて、それ故に純然たる『決別』の意味合いのみを孕む、口舌の刃。

「――言わせねえよ、そんな言葉」

言葉の尾を断ち切ったのは、波紋の如く広がり彼女と『スマイリィ』の頬を撫ぜ髪を踊らせた、邪気の風だった。
波動の震源、旋風の目は、『スマイリィ』の背後。
『魔術師』を呑み込んだ奈落の底から。

あり得ないと、『ハイライト』は目を剥き息を飲み、唇を真一文字に結ぶ。
『魔術師』は彼女の異能を片鱗に触れる程度にしか、理解をしてはいなかった。
真髄に触れても防げるかは運否天賦である『越権行為』を、
只々無知の態を晒したばかりの彼が凌げるなど、徹底的なまでに道理に反しているのだから。

だが、それでも『ハイライト』の瞳には現実が映る。
そして背後を振り向く『スマイリィ』にもまた等しく、真実が与えられた。
穴から右手を突き出し、床をしかと捉え、一息に地上へと這い上がった『魔術師』の姿が。

「……あり得ない」

「いいやあり得る。あの穴に俺を落っことした時にだ、お前は一つ大事な事を忘れていた」

したり顔で歯を剥いて獰猛な笑みを見せて、『魔術師』は断言する。

「この俺が、俺様であるって事をな」

だが相対する『ハイライト』は一瞬呆然として、しかし表情は冷笑に落ち着く。

「減らず口は直らないね、イイ人さん。今の今まで私の異能すら分かってなかったくせに」

皮肉と侮蔑の音を含ませた言葉に対して、だが『魔術師』は笑ってのけた。
くつくつと喉を鳴らし、歯は見せず口角のみを吊り上げ自嘲の色を滲ませて。

「買い被りだなあ、嬢ちゃんよ。自慢じゃねえがな、俺は今でもお前さんの異能が分かんねえ」

「なっ……! って……いやいや、人が悪いなあイイ人さん。騙そうたってそうはいかないよ」

言葉とは裏腹に、自信満々に彼は断じた。
思わず『ハイライト』が双眸を見開き口を微かに開けて、驚愕の表情を浮かべる。
頓狂な声を上げて、それから辛うじて持ち直して苦笑いを模った。
けれども、『魔術師』は大仰な所作で首を横に振る。

「ところがどっこい嘘じゃねえんだな。一切合切金輪際、見当も付かねえ。
 辛うじて、物の状態に干渉する程度か。分かったのは」

『魔術師』が紡ぐのは『ハイライト』が平静な状態であれば赤点だと切り捨てる事は間違いない、稚拙な解。
それでも彼は胸を張り肩を聳やかして、「だから」と言葉を繋いだ。
そして大樹の枝もかくやと、両腕を世界を抱えるかのように広げ掲げる。


114 :名無しになりきれ:2010/07/20(火) 21:30:34 0
――深淵へと沈んだ彼は落下の最中に考えた。
自らが拠り所とする『彼』ならば、一体どうするだろうかと。
考えて、まず初めに得られた解は『彼ならばそもそも、このような状況には陥らない』と言う絶望だった。
『魔術師』の彼が真似られているのは、所詮『彼』の上辺のみ。
乱暴で自信家で負けず嫌いであると言う、ほんの上っ面ばかりで。
その奥に潜む確固たる実力や機知は、彼には到底模倣し得ぬ物だった。
戦闘中であるからと耳を塞いできた『ハイライト』の『惨め』なる言葉は、正しく彼の晒す態を的確に表していたのだ。

だがこの結論を認めてしまっては、彼は己のアイデンティティを損ねる事となる。
故に、『魔術師』は如何にも『彼』らしいと自分に言い訳の出来る、着地点を見出した。

「ここら『一帯』、全部纏めて異能の付加されていない状態で『一律』にした」

即ち何処までも乱暴に、『彼』の上辺だけを貫いた解決策を。
一層拍車を掛ける惨めさには、決して心の視線を向ける事無く。

『ハイライト』の驚愕に見開かれた両の眼は、とうとう忌々しげに細められる。
苦渋の感情が俄かに口腔内も満たし、彼女は唇を真一文字に結び、その奥で奥歯を食い縛り苦味を噛み殺す。

「……反則だね」

そうして彼女が辛うじて吐き出した言葉は、正しく正鵠を射ていた。
例えるなら試験問題が解けないから、インクをぶち撒けて答案用紙を全部塗り潰すような。
一切の道理を無視した暴挙。

「あぁ反則だ。邪気眼なんて大体そんなモンだって、知ってんだろ?」

とは言え、彼がその反則を乗りこなせているかと言えば、そんな事はない。
後天的、それもここ数年の内に開眼したばかりの彼は度々述べているように邪気保有量が著しく乏しい。
故に大規模な発現は数える程しか出来ず、事実この少しばかり広い戦場を邪気で満たしただけで
彼の邪気残量は殆ど枯渇に近い状態を迎えていた。

「ま、言われてみればそうだね。……それに、反則の代償は随分だったみたいだし?」

そしてその事に気が付けないようでは、『銘』を賜る事など、出来はしない。
『ハイライト』は余裕の色を取り戻した笑みを『魔術師』に見せつけ、

「おう、まったくだ。……でもよお、そう言うお前さんも……口元、垂れてるぜ?」

忽ち、弩に弾かれたように彼女は右手の甲で口元を拭う。
白磁のような手が、赤黒く汚れていた。
先程執り行なった『越権行為』の代償が、早くも現れているのだ。

「あはは、参ったなあ。……ま、お喋りはこの辺にしとこっか」

「おうよ。……でもその前に、一つ聞いとく事があってな」

言葉と共に、『魔術師』は足元で自分を呆然と見上げる『スマイリィ』に視線を落とす。

「『スマイリィ』。お前、どっちに負けて欲しい?」

放たれた問いに、『スマイリィ』は彼から目を逸らした。
どちらに勝って欲しいと問われれば、彼女は迷わず魔術師を見つめ続けただろう。
だが彼が口にした敗北の背後に『死』の一文字が潜んでいる事を知る彼女は、彼の問いに答えられない。
愛によって生まれ変わる事を願いながらも、彼女の脆弱な精神は過去を捨てる事を望めなかった。


115 :名無しになりきれ:2010/07/20(火) 21:31:24 0

「よし……分かった」

そうは言いながらも、彼女の答えは『魔術師』の望んだ物ではなかった。
彼は願わくば、彼女が友の命を選び自らの死を望む事を、望んでいた。
それは彼本人すら自覚し得ぬ心の深層での物ではあったが。
彼は身の丈に合わない袈裟を、『彼』の上面を被る事にさえ、疲れていたのだ。
『彼』になりきる事も出来ず、かと言って『彼』に義理を立てず生きていけるだけの自信も意気もなく。
『彼』を捨て切る事さえ叶わず、そのくせ現状からの解脱を望む。
凡夫ある彼は何事をも為せず、故に彼は死と言う救済を求めた。
誰かの為に死を迎えたのならば、『彼』と自分の死に様を重ねたのなら、それで自分は許されると信じて。

「……それでいい、下手な答えを返したら、灸の一つでも据えてやるつもりだったんだがな」

しかし『スマイリィ』はどちらの敗北をも望まなかった。
ならば『魔術師』は、それを叶えるしかない。

「それでも俺様は『魔術師』だ! お望みとあらばハッピーエンドの一つや二つ、ポンと作ってやろうじゃねえの!」

例えその銘が始まりにして最上の、『彼』が何処までも好んだ数字を暗示する名だからと、下らない理由で望んだ名だが、それでも
『彼』ならばそうするだろうと言う理由に追従して、彼は身に合わぬ結末を求めねばならない。

「あっはっは! 馬鹿なタワゴトは死ななきゃ治らないみたいだねえ!?
 残念だけどハッピーエンドなんて初めっからありゃしないよ! あるのはデッドでトゥルーなエンドだけさあ!」

互いの宣言と共に、両者は床を蹴る。
速いのは、『ハイライト』の方だ。
床自体は異能の干渉を受けつけないが、彼女が自分自身に高反発を付加する事は出来る。
予想を上回る速度に出遅れた『魔術師』の右拳を逸らし、懐へ深く潜り、弧を描く打撃を叩き込む。
だが『魔術師』は微かに身動ぎをするのみで、そのまま左の掌を彼女へと打ち下ろした。
辛うじて、『ハイライト』は揺れる長髪に反発力を与えて彼の手を弾く。
更に足裏にも同じく反発力を加え、瞬きの間に『魔術師』の間合いから離脱を果たした。

(耐えられた……? 違う、早くも『制限』が掛かってるんだ)

『制限』――それは『越権行為』の代償の一つ。
権限を超えた能力発現を行った後に暫く、通常の異能自体の出力が落ちる事である。
『越権行為』の代償は幾つもあるがそのどれもが丁度、身に余る権利を行使した者に科せられる罰に準えてあった。

「どうしたぁ? 暫くもしない内に、随分軽い拳になったじゃねえか」

体の前で両拳を打ち付けながら、『魔術師』は挑発の音を紡ぎ出す。
『ハイライト』は顔を顰め、しかし挑発に対する反応はそれだけに留まった。

戦闘に面した心はあくまでも冷静を保ち、『魔術師』への対処を思索する。
自身は現在、異能の『制限』により打撃力不足に陥っている。
対して『魔術師』は邪気不足の状態にあるとは言え、
貰えば致命にすらなり得る殴打を素で放てるだけの膂力が、巨岩の如き五体から有り有りと伺える程だ。
ならば自分はどうするべきか。どうすれば、『魔術師』を上回れるか。
自分が『魔術師』に対して長所とは、凌駕している点は何処なのか。
答えは、明白である。


116 :名無しになりきれ:2010/07/20(火) 21:32:20 0
彼女は床を蹴り、『魔術師』の視界から消失した。
しかして床を、壁を、天井を、ゴム毬の如く縦横無尽に跳ね回る。
そこから超加速を以って『魔術師』の死角、背後の上方から落下の勢いをも孕んだ踵を落とす。
勢い余り、また『越権行為』の代償によって僅かに急所から逸れた一撃は『魔術師』の左肩を捉える。
しかし尚有り余る威力で、鈍い音と共に彼に膝を突かせた。
呻き声を伴い『魔術師』は右の裏拳を放つが、拳はただ空を切る。
既に『ハイライト』は彼の射程圏内にはいなかった。
直後に再び、今度は『魔術師』の背に渾身の拳が叩き込まれる。
振り返った時には、やはり最早『ハイライト』はそこにいない。
そうしてまた死角からの一撃を減り込ませ、次の瞬間には影法師と消え失せる。
徹底的で一方的な防戦を『ハイライト』は『魔術師』に強いていた。

「ほらほらどうしたのかなぁ! 暫くしたけど相変わらずのダメダメっぷりだよぉ!?」

「……言ってくれるぜ畜生」

憎まれ口を叩き身を丸め防御の姿勢を取りながらも、『魔術師』は現状打破の術を思索する。
真っ先に浮かんだのは、打撃を受けた瞬間に『一秒』時の歯車を制止して、彼女を捕らえる策。
或いは打撃の瞬間に一度彼女と自身を『一体』として結合するのも、多少絵面は悪いが悪手ではない。
他にも『唯一眼』の性質を鑑みれば、策は数多に考えつく。
だがそのどれもが、今の彼には為し得なかった。
何よりもまず邪気の不足と言う越え難い関門が立ち塞がるが故に。
彼の現状は、頼れるのは今や己の身一つと言う状況なのだ。

「ったく……便利なんだか不便なんだか、分からねえ眼だなぁオイ……!」

『魔術師』は急所を庇い、身を縮こめる。
格好は付かないが、『ハイライト』の長所が速度ならば、
『魔術師』の現時点での長所は邪気眼に頼らずとも屈強な体躯である。
幸いにして『ハイライト』の攻め手は正確さに欠け、急所を貫く刃のような一撃は無い。
ならば『魔術師』は彼女が速さを失うまで、豪雨のような連撃を耐え続ければいい。
彼女が遥か高みを飛ぶ鳥ならば、羽休めの時を待てばいいのだ。
と言うよりも畢竟、それ以外に策が無いと言うのもまた事実なのだが。

ともあれ『魔術師』は機を待ち、更に待ち、待ち続け。
――それでも、『ハイライト』の猛攻は緩まない。
打撃の豪雨は未だ止まず、雨垂れが石を穿つようにして、『魔術師』の消耗は地道に重ねられていく。
不動を貫いていた上体が揺らぎ、断続する鈍痛に意識が朦朧とする。

だが――不意に『魔術師』の視界に紅が映り、彼の意識を俄かに覚醒させた。
いつの間にか床に点々と刻まれていたその色の正体は、微かに漂う鉄の臭いが示している。
即ち、血。けれどもそれは、『魔術師』の物ではなかった。
床に壁に天井に、至る所に這う血痕が彼による物でないのなら、誰の物かは明白。
異能の『制限』が掛かった今の『ハイライト』では、高速機動と打撃の『反動』を殺し切れないのだ。


117 :名無しになりきれ:2010/07/20(火) 21:33:39 0
『魔術師』が耐え続けた甲斐は、確かにあった。
彼とて限界に近い事は間違いないが、勝機は見えた。
けれども、

「……だあああああああああ! んな事やってられっかあ! 来いやあ嬢ちゃん!」

大仰に叫び奮い立ち、『魔術師』はその勝機を放棄した。
彼が待ち望んだのは、磨耗の末に倒れ伏した彼女に敗北を突き付ける事などでは無いのだから。

(この期に及んで大見得切って、馬鹿丸出しだねイイ人さん! そんなんじゃぁ……!)

けれどもやはり、それは『ハイライト』にとっては滑稽に見えた。
当の『魔術師』もまた、その事を自覚していた。
彼が『彼』を、凡人が天才を真似た所で、それが相応しく見える訳もない。

「最後の最後まで口ばっかり達者で! 魔術師よりも愚者を名乗った方が良かったんじゃない!?」

己の声さえも追い抜かんばかりの勢いで『ハイライト』は壁を蹴り、『魔術師』の頭上を超える。
遥か高みの壁に至り、十全の速度を得る為の一瞬の溜め、その間隙に彼女は彼の背後を見定めた。
狙うは首筋。両腕でしかと庇われていたその急所は今無防備にあり、神速からの足刀を放てば容易に刎ね飛ばせる。
正確性に欠ける彼女の打撃も、点ではなく線の打撃を用いれば確実となるのだ。
無論そのような事をすれば『ハイライト』への『反動』とて甚大になるが。
それは元より、自己の犠牲を厭わぬ枢機院に身を置く彼女にとっては、無視出来る物だ。
そしてその後は可能ならば『スマイリィ』をもう一度諭せばいい。
先は殺意を滲ませた彼女だが、ここで『魔術師』を仕留めたのならばその魂は傍らに留める事が出来る。
ならば説得も不可能ではない筈だ。それで全てが丸く収まる。


そう、彼女は自己の本心に欺瞞を覆い被せる。
ただ自分が『スマイリィ』を、異様なコミュニティの中で得た友を手放したくないと言う願望を。
尤もらしい理由で友情と言う名の化粧を施す。

そして撓みの一瞬を経て、『ハイライト』は壁を蹴った。
大気を強引に引き裂いて、彼女は猛然と『魔術師』へ迫る。
最後の一撃であると研ぎ澄まされた彼女の感覚は時間を置き去り、緩やかな光景を彼女に齎す。
そして緩慢な世界の中で、彼女は見た。

完全に虚を突いた筈の『魔術師』が、己の方へと振り返る様を。
だが今更止まる事など出来ず。
それ以前に緩慢たる感覚と超速の体躯は決して相容れず。
『ハイライト』の足刀は振り抜かれる。

反動の激痛と共に足から伝う堅い手応えは、それが防がれた事を示唆していた。

「はっはっは……捕まえたぜえ。嬢ちゃんよお」

蹴撃を受け止めしかと掴み、『魔術師』は自己の内に潜む小心が引き攣らせんとする表情を、獰猛な笑みで隠した。
神速の一撃を彼が察知して防御さえ成し遂げられたのには、二つ、理由があった。

まず『ハイライト』が殺し切れなかった反動によって生じた出血。
その血痕は、彼女の軌跡に追従する。
彼女が魔術師の頭上を超えた時、魔術師の視界には彼女の行先を示す一筋の紅が走ったのだ。

だがそれだけでは、『ハイライト』の軌跡は読めても動きに追随する事は叶わない。
けれども彼女が欺瞞を築きあげる為のほんの一瞬の間隙が、
確実に仕留めるべく弧を描かざるを得なかった蹴りの軌道が。
『魔術師』が振り向き防御するだけの、寸毫ばかりの時間を生んだ。


118 :名無しになりきれ:2010/07/20(火) 21:34:31 0
「……はは、あーあ負けちゃったかあ! まあでも、イイ人さんも中々やるみたいだし、いいかな!
 ちょっと情けない所もあったけど、『スマイリィ』を任せるには及第点って所だね! うん!」

最後の一撃を凌がれ、『ハイライト』には最早抗うに足りる術は無かった。
彼女は暫しの沈黙と沈んだ表情を見せて――しかし唐突に、あっけらかんとした声色でそう言った。
末期の時はせめて『スマイリィ』と言う友人を思った見てくれでいようと。

「ささ、イイ人さん。早いとこ仕留めちゃいなよ。私を倒した所で第二第三の『ハイライト』が……
 ってのもあながち嘘じゃないんだけどね。ここは敵地で戦場で、私は正真正銘、敵なんだからさ」

けれども魔術師は、訝しみの表情を浮かべてみせる。

「あぁ? 何言ってんだ?」

「……うーん、こっちとしてはイイ人さんが何言ってんだって感じかなあ?」

諧謔味を僅かに孕んだ返答は聞き流して、『魔術師』は言う。

「お前は『スマイリィ』の友達だろう? 最初に自分で言ってたじゃねえか」

再び、『ハイライト』は沈黙。
そして、笑い出した。
先程のような乾いた笑いではなく、心の底から腹を抱えて。
目尻にはうっすらと涙が浮かぶ。涙に溶けた感情は単なる可笑しさだけではなく、嬉々である。
相手が誰であれ、自分が『スマイリィ』の友であると認めてもらえた事への。
けれどももう一つ、淡い悲哀もまた、その涙には潜んでいた。

「……だから殺す理由は無いって? 甘いなあイイ人さん、甘々だよ。私は『創造主』様の尊い使命を仰せ付かってきたんだよ?
 その任務を失敗したとあっちゃあ、そりゃあもうね。死ぬまで拷問、死んでも拷問だよ」

自嘲気味に笑う『ハイライト』の表情が、不意に悲哀に染まり『スマイリィ』を見遣る。

「そうなるくらいなら……勿論『スマイリィ』がいいって言ってくれるならだけど。
 私はここで死んで、そして『スマイリィ』の傍にいさせて欲しい」

その言葉を最後に、場を静寂が包んだ。
『ハイライト』は自分が虫のいい、終始に渡り自分本位な欺瞞を貫いていると自覚しているが故に。
『スマイリィ』は『魔術師』への忠誠染みた愛情と、そのくせ過去の絆を捨て切れない葛藤に。
そして『魔術師』は、自己と『彼』の差異に。
各々が、沈黙していた。

「……俺は御免だなあ? そんな胸くそ悪い結末なんざ」

静謐の膜を破ったのは――『魔術師』だった。
だがその故は何も、彼の精神が屈強であったから、と言う訳ではない。
寧ろ、逆でさえある。



119 :名無しになりきれ:2010/07/20(火) 21:35:33 0

「代わりに俺が、誰もが幸せな素晴らしい結末を考えてやるよ」

「……聞かせてもらおうかなあ?」

彼は自分の心が脆弱であると知っており、しかし『彼』に対する憧憬を棄てる事も出来ない。
であるが為に、『魔術師』は僅かに残った邪気を浪費する事さえ厭わず、己の邪気眼を行使する。
記憶の中の『彼』と現在の自分を『一体』とする事で、自己を塗り潰して強固な精神を装うのだ。

「おうよ、いいか? まず俺達がこれからやってくるだろうお前んトコのお偉いさんをボコボコにする。
 そんで俺達が如何に圧倒的かを奴さんに見せ付けてやんのさ。
 そうすりゃお前が負けた事だって仕方ねえってなるし、罰だってお偉い奴だけ免除とは出来ねえだろ?  完璧じゃねえか」

『彼』ならば、きっとこう言うだろう。
それを彼は忠実に、盲目的になぞるのだ。

「……ホント、大言壮語が大好きだねえ。イイ人さんは」

『ハイライト』の呆れと皮肉を孕んだ音律を、『魔術師』は鼻で一笑に付す。
彼自身、本当ならば自覚がある筈の言葉さえ、邪気眼による自己洗脳は切り捨てるのだ。
代わりに『彼』らしい口振りと仕草で、しかし不完全な、
『魔術師』元来の小心ぶりの覗く――結果として『大物ぶった小心者』の態を晒す羽目になっている事に、彼は気付いてはいない。

恋は盲目の体現者として『魔術師』を慕う『スマイリィ』ならばいざ知らず。
多少なりとも人を見る目があるならば、この彼の本質を見抜く事はそう難しい事ではないだろう。

「……でもそうなりゃ万々歳だろ? だったら黙って見てりゃいいんだよ」

ともあれ彼はそう言って、

「……ところで」

――不意に、邪気によって塗り固めた仮面を瓦解させた。
そして『ハイライト』を見据え、強張り引き攣った口から声を零す。

「さっき、死んでも拷問……と言ってましたよね。
 それではもしや、『楽園教導派』には……人の魂を管理する異能者がいる、のですか?」

もしそうならば。

「……私は、許されたい」

唐突な問いかけに呆然としながらも頷く『ハイライト』を見て。
誰にも聞こえぬよう、口腔の内のみで『魔術師』は呟く。
『彼』を死なせた後ろめたさを振り切れず、だからと言って人生を『彼』に捧げる事も、
自己と『彼』の圧倒的な差を痛感する度に襲い掛かる絶望に身を浸す事にも耐えられず。

故に、『魔術師』は霊魂の管理を担う異能――その可能性に希望を見出した。
『彼』に出会い、許しを乞い、自分の人生を歩む口実が欲しいと。
そうでなくとも、或いは死を命じられてもいい。

意志薄弱である彼は、救われた自分の命の遣り場を如何すべきか。
とにかくその指針を、己の命を救った『彼』自身に示して貰わなければ、自分で転がす事すら出来ないのだ。

120 :名無しになりきれ:2010/07/21(水) 16:48:03 0
『デバイス』の発した救難信号のもと、楽園教導派からの出迎えがやってくる。
一番初めに目を合わせた関係者は、すごく、どこかで見たようなタイプの人だった。

(……ああ…もう…)

ニコ顔で頬に一筋汗を流す──という演技をしつつ、明日香は横目でちらりと芳野を見た。

(どーして私の周りには、こういうのばっかり集まってくるのかしらね…)

噂の本人は、まるで自分を省みないヒキ顔で黒スーツの変態二号を見ていた。


「秘技☆幼女洗顔ッ!!!」

と言いながら虚空にヘッドバットをかましていた一見知的な女性は、自らを常盤と名乗った。
楽園教導派の保護観察員──という表向きの名乗りを去れたが、恐らく本質は教導派のエージェントだろう。
「表」の明日香と関わる事もあってか、大した武器の携行は見られない。

(これならいっそ、コイツを脅して内通者を増やすのも手かもしれないわね…)
そんな事を考えた刹那。
狙い済ましたように、明日香は黒塗りのセダンの中から、静かなしかし確かに漏れ出る殺気を感じ取った。

「──あ、そうだデバイスちゃん。『ケテル』様もご同乗なさってるからあんまり粗相のないようにね」
(『ケテル』……楽園教導派の幹部クラスって言う、あの?)

『デバイス』へ視線を回すが、それどころでない『デバイス』のリアクションから正誤が判断できる。
明日香は念のため「平和主義のとても優しい一般人」オーラを気合入れて強めた。

(……『枢機院』の幹部が大学内に用事…かあ。なーんか引っかかるな…)

表面上は「馴れない景色に戸惑うシスター」を演じながら、明日香は彼女なりに真実を探りつつあったのだった。

121 :名無しになりきれ:2010/07/21(水) 16:50:15 0
「───間もなく東京支部へ到着します。」

常盤の機械的な口調に明日香は視界を現実に戻す。

やがてセダンはそこだけ切り取ったように清らかな純白の教会にたどり着いた。
両脇を大樹のようなビルに固められているにもかかわらず、そこは窮屈さどころか広大で寛大な印象さえ感じさせる。

ドアが開き、常盤、明日香、芳野とデバイス、最後に『ケテル』という順番で車を降りた。

「わあ……!」

明日香が、遊園地に連れてきてもらった子供のような無垢で無邪気な感激の声を上げる。

「ここが【楽園教会】東京支部になります。と言っても、シスターさんは既にご存知かもしれませんね」
「ええ。前から一度訪れてみたいと思っていたのですが…まさか、本当に来れるなんて…!」
「神を信ずる者には広く門を開いております。貴方のような敬虔な方なら、我々はいつでも歓迎しますよ」

うっとりと教会を見つめる明日香を見て、常盤は自分に無いものを羨むようにふ、と微笑んだ。

二人はその後、常盤の案内で一度応接室に通された。

「一度、上への報告を済ませてきます。すぐに戻りますので、ここでお待ち下さい」

そう言い残し、常盤と『ケテル』は一度部屋から退室する。
ばたんと扉が閉じたその刹那、“アスラ”は革張りのソファにどっかり腰を下ろし息を吐いた。

122 :名無しになりきれ:2010/07/21(水) 16:52:45 0
「…こっから『転移術式』かなんかで部屋ごと本部へ輸送、ってパターンかしらねえ。窓が無いのはそーいう訳か…。
 大胆だけど面白い作戦ね。確かに私らに転移術式を語るのは面倒だからなあ……」
「………なにこのひと、多重人格?」

常盤から出された紅茶に砂糖を大さじ2杯入れると、湯気沸き立つそれを緑茶の如くずずっと飲み干す。
お、という顔で修道女は中の茶色い液体を眺めた。

「へえ…無駄にいい葉使ってるじゃない、ウチの備品とは大違いね。」
「なんだろう、さっきまでその気になれば光くらい放てそうだった聖☆お姉さんが煙草の似合う闇の住人に…」
「…あ、そーだ『デバイス』、今のうちに枢機院本部の金庫の在り処とか教えてくんない?」
「洗いたてのYシャツのように清らかだった人が年末掃除したボロ雑巾のように薄汚くなっちゃったよ!
 あとこれからの計画にまったく必要ないよねその情報!」
「うるさいなあ…宗教組織の活動資金なんてどーせ幹部連中の小遣いになるんだから、ちょっとくらい盗られた方が世の為になんのよ」
「どんだけ宗教に偏見持ってんのさこのシスター!ていうかもうお姉さんシスターでもなんでもないよね!」
「私は純情可憐などこにでもいる普通のシスターよ?血と硝煙の匂いを嗅ぎ取れるのは認めるけど」
「なにその運び屋みたいな特殊技能!破戒僧なんてもんじゃないよ!もうシスターの皮被った悪魔だよ!」
「『悪魔』…ねえ。ま、そんな事はどうでもいいのよ」

突っ込み疲れたデバイスを一度制し、アスラはヨシノへ向き直る。

「ねえヨシノ、私ら、これからどうなると思う?」
少し意地悪そうに問い掛けた。

「私はね、殺されると思う」

さらり、と修道女は紅茶のお替わりでも尋ねるように述べた。

「……え?」
「考えてみなさいよ、そもそも奴らのやり口、妙に隙だらけだと思わない?」

ヨシノの分の紅茶を啜り、アスラは移動中に組み立てた仮説を語った。

「そもそも「異能力者扶助組織」なんて名乗ってたけど、ありゃどう考えたってその場凌ぎ。深く考えると色々ボロが出るわけよ。
 最初からそんな誤魔化しを騙ると言う事は、つまり私らの口を永久に封じるつもりでいるって事。
 方法は記憶の削除か抹殺でしょうね。恐らく連中は後者を選ぶわ。記憶抹消は手間も掛かるし、思い出す危険性も在る。
 さらに都合のいい事に、私らの所属は「世界基督教大学」でしょ?大学ぐるみで隠蔽しちゃえば後始末もらくらくって訳よ。

 私の予想はこう。まずどっかで企業秘密云々の話になって、『デバイス』の分離まで私は別室で待たされる事になる。そして私kill。
 アンタは能力者のところへ連れて行かれて、『デバイス』を分離させた後にkill。
 …どちらにしろ、枢機院が私らを大人しく帰すはずは無い。それはアンタにだって分かるでしょう?」

自分の想像をひときしり話すと、アスラは手鏡を取り出しさっと前髪を整えた。

「どちらにしろ、いつ襲われても対応できるようにはしておいたほうがいいわ。……そろそろ、かしらね」

そう呟くと、ドアが開き常盤が顔を覗かせる。アスラは再び明日香に戻っていた。

123 :名無しになりきれ:2010/07/21(水) 16:54:07 0
「お待たせしました。では、ご案内致します」

どこかしたり顔で常盤は告げる。
明日香は芳野とともに立ち上がり、廊下へ向かった。

芳野が廊下へ出て、後に明日香が続く。
しかし明日香の靴が扉を踏み越えんとしたその前で、常盤は右手をさして明日香の行く手を阻んだ。

「え…?」
「…すみませんが、司祭様には一部の人間しかお会いできない事になっております。付き添いの方はこちらでお待ち頂けますか?」

あら…と明日香は少し残念そうな顔をつくる。
しかしすぐに理解し、さっと身を引いた。

「…ええ。分かりましたわ。この部屋でお待ちしています」
「ご理解頂き、ありがとうございます」

常盤は安心したように顔を綻ばせる。
明日香は向こうの芳野と目を合わせ、常盤に気づかれぬよう小さくウインクした。

「『後でまた会いましょうね、芳野君』♪」


多くの意味を含む言葉を残し、明日香は去り行く二人+1を見送る。

誰もいない応接室、明日香はトランクに手をかけて、清楚な物腰でソファに腰掛けた。

124 :名無しになりきれ:2010/07/22(木) 00:28:44 0
――風に雷鳴
   だが、雨はなく
   平穏は悼む。自身の最期を。

『――悪いが優しくはできねえぞ 俺は戦闘しか出来ない脳足りんなんでねっ! ―― 「夜刀【宵闇】」』
『――call of water...「uroboros!」』

稲妻の螺旋をレイとレインマンが各人のやり方で防御するのを、Rはただ見ていた。
昔もこの瞬間が楽しかったな、と思い出す。
攻撃とは問いかけであり、対処とは返答である。
そして、それは同時に自らへの問いにもなりうるのだ。そう――例えば、今のレイが行っているように、レインマンが行っているように。

――全力で来るがいい。お前の血をこの剣に塗りこめてやる。 ――薄暮の騎士

――『夜天連刃【月流】』

先程自分がしていたような高速連撃に晒されながら、Rは感嘆の念を抱いていた。同時に――僅かな嫉妬も。
あの発言からして、この人間‥‥の精神を占有しているものも身体を持たぬ存在らしいが、自分とは違って自己の存在意義を持っている。
じっくりと味わうための回避行動を続けながらも、徐々に不定の怒りが頭を擡げてくるのが幻視を伴って理解できる。
それは吹き上がる紅炎(プロミネンス)であり、凝集する暗黒(ダークマター)であり、理知を飲み込む黒洞(ブラックホール)であった。
しばしそれを抑えようとしつつも、結局のところ感情の開放などというものは今まで数える程しかしたことが無く(開放するほどの感情がなかった)、
自分にとっての新たな概念と体験であるからひとまずそれを行ってみようという結論に至ったところで、もうひとつの攻撃が来た。

――『水脈導―』

レインマンに導かれた稲妻が、逆に本来の使用者であるRを打ち抜いた。

――お前の作戦は素晴らしい。ちょっとだけ修正させてもらったよ。  ――砦の見張り

人体という本体絶縁体である物体を経由したことで威力は下がっているが、それでも一般的な能力者を絶命せしめるには十分な電流と電圧である。

――『雷撃は…返したよ…』

「ああ、確かに受け取った。見事だ‥‥と言っておこう。」

だが、それでも彼女は生きている。非常に希薄ではあるが、防御術を使わせる自己防衛の本能は――不幸にも――彼女にもあるのだ。

――『「祭ノ囃子【蛍火】≪火垂る≫」――さて、今のは大体1.5倍って所だ まだ行けるだろ? 楽しませてくれよ"終末"とやら』

「無論だとも。 ‥‥あまり焦らさないでくれたほうが有難いのだがね‥‥」

対話のうちに雲散霧消してしまった憤怒の残滓を救い上げ、忌まわしい力へと変換する。

「なにしろ、そろそろ飢えが満たされてきているんだ。」

刹那、大量の芽吹きが『あそび』を覆い尽くした。
季節も生息地もばらばらな草木が、子供の見る夢のように我が物顔で繁茂する。
そして気孔から、花から、胞子嚢から、猛毒の水蒸気が、花粉が、胞子が吐き出された。

――疫病にまみれた世界へ送られたものは、必ず感染して戻ってくるに決まっているんだ。

「やれやれ‥‥このような土地なら大分汚染されているだろうとは思っていたが、これは予想以上だな‥‥。」

確かに土中空気中の毒素を取り込んで放出するように創りはしたが、と魔神は言う。その声には何らの感情も読み取ることはできない。
同時に、街にエンチャントされていた魔法が解けていくのもRは感じていた。
そうなればこの二人が彼女と戦う理由は消えてしまう。どのような形になるにせよ、次が最後の交錯となるだろう。

――傍らにかがむ神秘の影よ
   汝は何者?
   いずこよりここへ?   ――スティーヴン・クレイン「傍らにかがむ神秘の影よ」

125 :名無しになりきれ:2010/07/22(木) 13:11:32 0
(紅い閃光とともに都市圏全体からエネルギーを吸い上げようとするヴィクトリアしかしそれをみすみす許すセレネではなかった)

「"Buster Spear"」

陣が欠けてしまったか。これだけ大きな術式になればヒト一人分の範囲など誤差程度に過ぎず全体の構成に問題は無い。
あわよくばこの女からも魔力を奪おうと思ったが無理なら無理で構わない。
既にこの肉体には優に数百万人分のエネルギーを取り込んで―――


―――復活できたか。

「なンとか回復できたッてとこでねェ」

(戦闘用人格、『死』が表に出てくる)

「さァて、その澄ました顔から這い蹲ッて許しを請うようにしてやるには何分かかるでしょうかァ?」
「たかが数千人取り込んだくらいであたしを殺せるとでも思ってるの?」

たかが、とはよく言う。これだけの人間をその一言で済ます以上相手はその数倍の力を持っているのだろう。

Unlimited Atomic Fire
「"無限の核攻撃 "!!」

(無数の核攻撃が『死』を襲う)

「こンな温い攻撃してるヤツがよく言うねェ」

確かに核攻撃は強い。しかしそれ故細かい微調整が効き難い。アロンダイトの空間切断とポーターの転送能力を駆使すればこの程度の攻撃を乗り切るのはそれほど難しいことではない――――――はずだった。

気づいたのは核攻撃が始まって数十秒後、既に手遅れとなった後であった。
セレネの攻撃は苛烈を極め、着弾の間の時間差はほとんどなくなっていた。おそらく最初の温い攻撃はフェイク、空間切断やポーターといった手段を引き出させるためのもの。
そしてその使用にある程度のモーションを要することを確認したうえで改めて隙の無い攻撃を放ってきたのだろう。

(直撃を躱し続けてもダメージのある核攻撃。取り込んだエネルギーは肉体の再生に用いられる消耗戦。ポーターも度重なる衝撃で壊れかけていた)

「こンな程度で死ねるかよォッ!!」


126 :名無しになりきれ:2010/07/22(木) 13:13:06 0
(そのとき、ついに彼女は―――眼覚めた)
(あらゆる物・現象の死の点を見切る魔眼、『直死眼』)
(それこそが『死』という人間の本質を如実に表す彼女だけの力)

これなら・・・勝てる。

「『直死眼』、最高の気分だぜェ!」

(眼覚めによって効率が一気に変化する。最早どれだけ巨大な対象でもただ一点、死の点をつくだけで「殺」すことができる)
(飛来する核もその余波も放射能も全て「殺」して進む『死』)

「あン?オマエだけ『死』が見えねェなァ」

(セレネの死の点こそ見えないものの、既に大魔剣の方は見切った『死』)

「まァいい。倒す、そして今度こそアイツの―――」

(アロンダイトを持って全力で切りかかる)


127 :名無しになりきれ:2010/07/26(月) 00:07:32 0

――空気が重く感じられた。

  ここはどこだ?自分は今、何をしている――?

目の前を、光が舞っていた。
煌びやかな光、それはまるで蛍の群れだった。

こんな光景をどこかで見たことがある。
町の空一面を覆う蛍のような光。
たくさんの人が夜に行きかい、走っている。
何をしているのだろう?
たくさんの人が空を見上げている。
あるものは笑顔を浮かべ、あるものは手を振り、あるものは――叫んでいた

みんな誰かを呼んでいた、――顔を恐怖と憎悪に歪ませて。

気がつけば自分も叫んでいた。
のどが嗄れるまで、喉が裂けて血が出るまで。
目から涙が溢れていた、どうしてかはわかるんだ、ぼくの居た場所は全部、全部もう――

――そろそろ飢えが満たされてきているんだ。

声が聞こえた。
ぼやけた視界が、徐々に光を取り戻していく。

見れば、レイとRがいた。
Rの周りには蛍のような光が舞っている。
どうやら少しの間気を失っていたようだ。

レインマンは「あそび」の床にがっくりとひざをついていた。
コスプレ専門店「あそび」の店内は、3人の闘争の結果破壊され、おまけにレインマンの血で汚されていた。

「それにしても…この店の修繕費用は誰が払うんだろうね?」

なんとなしに呟く言葉は、既に力を失いつつある。
Rの斬撃を受け大量の血液を失い、さらに雷撃を受けた。
カノッサの雑兵であるレインマンでは、ここで生きていること自体が奇跡的だ。
だが何かがおかしい。
体中から力という力が抜けていく…
呼吸が、重い。
僅かに吸い込んだ息が苦味を帯び…その苦味は痺れへと変わる。
いや、甘みも感じた。
ケミカルな眠りを誘う、アーモンドの甘い香り。

まるで、空気そのものが毒になったような――

――毒?
刹那、大量の芽吹きが『あそび』を覆い尽くした。
季節も生息地もばらばらな草木が、子供の見る夢のように我が物顔で繁茂する。
そして気孔から、花から、胞子嚢から、猛毒の水蒸気が、花粉が、胞子が吐き出されていた。


128 :名無しになりきれ:2010/07/26(月) 00:08:21 0
「―ッ!」

立ち上がろうとするが、立てない。
毒の胞子は体内に浸透していたようだ。
口と鼻に感じる違和感。
「ガッ!ゲェッ!…」
慌てて吐き出すと、それは血の塊だった。

喉の奥が締め付けられるように痛む。

血や痰が喉の奥から、次々にこみ上げてくる。
それを何度も何度も吐き出す。
体を動かしてどうにかしようとするのだが、体がそれを許さない。
体に入り込んだ異物、毒を排除するために起こる生理反応が嘔吐であり咳だからだ。

その動作を繰り返すたび、視界は暗くなり、音は遠ざかっていく。
聞こえるのは自らが発する咳音。
ときおり口の奥から血が流れ出る音。
それ以外の音が聞こえない。

眼にするのは白い床と、それを染める赤い液体。
それ以外の色が見えない。

――やれやれ‥‥このような土地なら大分汚染されているだろうとは思っていたが、これは予想以上だな‥‥。

何を言っているのかもう聞こえない。
意識は暗転し黒一色に染まる。
今日見る二度目のブラックアウト。
にどと光はともらないし、そろそろ客電が入って客は帰り始める頃なのかもしれない。
僕は役者を躍らせた、そして僕も踊った、最後には舞台の上で死ぬ―――ならいいじゃないか?

そろそろエンドロールが見えるかもしれない。
スタッフの名前にはだれが出るのか?
おそらく、ほとんど 空白同然のエンドロールだろう。
僕には記憶がないのだから、昔のことなど全部覚えていない。
12歳以前の記憶、父、母、兄弟、友人、嫌っていたもの、好きな女の子、好きな音楽、それから―
駄目だ、ぜんぜん思い出せない。

カノッサのエージェント達。
同僚はほぼ全員死んだ、その記憶は記憶消去術で即削除される。
覚えていたくても許されなかった。
ああ、そういえばよく口喧嘩する奴が居た。
思い出すのもなんだか嫌だが、僕の知己といったらあいつくらいだ。
あいつは上手くやっただろうか?
だがもうそれも関係なさそうだ――もう消える―――――


129 :名無しになりきれ:2010/07/26(月) 00:09:19 0
―― やれやれ…… “次”はもう少しうまくやらないとね しかしなんて予想以下…こんなに早く壊れるなんて―――
涼やかな声が聞こえる
―ダレダ イマ そのコトバヲハツオンシタノハ ダレ ダ
―― この世界のみなさんにお伝えします この世界はもう廃棄することにしたわ 
逃げ惑う人たち 既に失われたすべて 
――マテ! ナットクナドスルモノカ!   
叫ぶ だが涼やかな声は突然硬質な自動音声に切り替わる
―――誠に残念ですが この世界はあと2分で
――――――フザケルナ…フザケ

「さあ…届きなさい 銀河の、果てまでーーーーーーーーーーーー!」

突然響いたピアノの声に、レインマンは眼を覚ます。
半径1キロ以内を覆う雨雲が、突然はじけ飛んだのだ。
そして「あそび」の店内に突然光が差し込む。

「ピア・・・ノ・・・間に合った…間に合ったのか!?」

レインマンがピアノに託した楽譜。
それが三千院セレネの声で鳴り響き始めた。
戦略は、成功し始めている。
だがまだ足りない、この“脅威”を全力を持って粉砕しなければ終わりなどない。
それに…あの声には聞き覚えがある。忘れていた事が思い出せそうな声。
三千院セレネ。

『雨泳眼 次元隔離結界上部開放』

「あそび」のビルを囲む水の壁の上部が、突然崩壊して雨粒となって飛び散る。
レインマンは手のひらを天井へと向ける。

『Return To Sky ....Flay away!』

雨粒は空へと昇っていく、ビルのコンクリート壁を削り、瓦礫の粉に変え、ビルの上階は一瞬で吹き飛んだ。



130 :名無しになりきれ:2010/07/26(月) 00:10:15 0
レインマンは上を見上げると、そこには眼に痛いほどの青空と太陽が見えた。

閉鎖された空間に新鮮な空気が流れ込み、レインマンは力いっぱい呼吸する。
しかし、太陽を受けた有害な植物たちも瞬時に成長しはじめる。
これらの胞子が街を覆い始めるのにはさほど時間はかからないだろう。

『体内浄化開始…ぐ…があっ!がはっ!』
レインマンは血を床に吐き出す、コップ2杯程度の量。
造血作用を限界ぎりぎりまで作動させ、不純物を強制的に排出。

「さて…この“お話”もそろそろお仕舞いだ…
カンザスへ帰りなよ、ドロシー…」

レインマンは跪いた姿勢のまま、左手を胸に右手をRに向ける。

「Somewhere… over the rainbow, way up high…」
レインマンのくちずさむ掠れ声の歌に、ピアノの歌う別の歌が被さる。
「There's a land that I heard of once in a lullaby…」
ビルを覆っている水の壁はすべて雨粒に変わり、全てが空へ昇っていく。
空への上った水の粒は、薄い膜へと変わる。
そこへ巻き上げたられたビルの残骸、ガラス片、金属片がレンズを縁取る。
それは、宙に浮かんだ巨大なレンズだった。

レンズは太陽の光を収束し、ビルへ 光を注ぎ始める。

さらに、レイの放つ蛍火に光は吸収され、蛍日から熱線が放射される。
植物は煙を発して燃え、胞子は光の中で燃え尽きていく。
だが炎のなかから、植物は強情にも次から次へと再生しては胞子を放とうとする。
黒い煙を上げ始めたビルの中で、レインマンは黒い傘を掴む。

『縮め、黒い傘』

レインマンの手の中に傘の柄が戻る。
そのままレインマンは最後の力を振り絞り、レイの前まで走る。
傘を開いてレイの前に立つ。
傘を盾にしながらレイに、いや…黒爪へ言葉を伝える。

『黒爪、よく聞け…僕は最後の技を放つ、僕が倒れたらその後は頼んだ』

レンズは角度を変え、太陽とRをその中心に捕らえた。
虹の燐光が空に放たれ、空に円形の虹を描く。

『Rainbow』

天からRをめがけて純白の光が降り注いだ。

世界は白一色に染め上げられ、その後に超高熱が襲いかかる。
レンズは砕け散り、水と瓦礫の瀑布となるが、そのほとんどは熱で蒸発。
溶けてガラス状になった破片は、日の光を浴びて輝きながら三人の頭上に降り注いだ。
レインマンは黒い傘でレイを熱線から庇いつつ、立ったまま意識を失った

131 :名無しになりきれ:2010/07/28(水) 17:48:23 0
キィン、キィン と音が響く
黒爪の漆黒の鞘と漆黒の刀身がぶつかり合う澄んだ音色だ。

目を細めてしまうほどの日照の中、刀身を少し出しては、鞘にしまう  古来日本では"謹聴"と呼ばれるものだが、そんな事はどうでもいい

毒? 彼女にそんなものは通用しない、この鴉を殺したければ、未知の毒が必要になるだろう。
異能なる芽から噴き出す水蒸気は、所詮大地から生み出された自然の毒だ。 世界最強のボツリヌス毒でもこの鴉は殺しきれない
この薬理眼という存在は間接的暗殺を無効化してくれる。

だが、これもどうでもいい

今は、眼前の事に焦点を合わせる事にする。


傘、があった。
黒い傘だ、照りつける日を防ぐにはいささか不自然すぎる傘。

邪魔だな、と黒爪は思う だが傘を退かそうとはしない
雨乃がいるからではない、瀕死の一人の人間など斬るにたやすい事この上ない
それは、そう、本能。 異能力的な意味なのか、単なる動物的な反応なのかは定かではない本能。
戦闘狂の本能が、傘を壊すのを踏みとどまっている。


と、次の瞬間 辺りが白熱に包まれた。 なるほど、と黒爪は感じる
レイの感覚は生物的なそれを超越しているのは、既知の通り。 黒爪は身を持ってそれを知った。
燃え盛る世界の中、雨乃が後は頼むと言ってくる 勝手な奴め、頼まれ事は嫌いだ。
焼け石のようなガラス片が降ってくる。 払う気も起きない

身をかがめ、足を張り、両の手を闇より深い柄と鞘に当てているせいもあるが、それでも眼前から目を反らす事に比べれば甘いものだ。
薄れる白光、ゆらりと傾ぐ黒傘 雨乃は立ったままだが、周囲の環境に反応を見せない

「邪魔だな…」

今度は口に出して言う やはり動かない、ならやる事は単純だ。
熱線による局地的な高温で、轟と風が吹く 黒い傘は風に煽られて飛び、地面を覆う硝子灰も渦を巻きながら空へ舞い上がる

黒爪は、ふ と息を吐く
その腕から、漆黒の翼が小さく生える

「鴉雲、だったか… いい技だな、単純だが」

そして、煌く砂嵐の向こうを眺める 人のような影が、ひとつ
緩やかに動く世界の中 黒爪は、その手に力を込める

「鴉雲【手八丁】、鬼哭斬波【真打】」

ドッ


132 :名無しになりきれ:2010/07/28(水) 17:51:36 0

もしレインマンが意識を保っていたら、その感触に背筋を凍らしただろう
もしピアノがそれを見ていたら、息をのんで見守るしかできなかっただろう
もし鷹一郎がセレネライブのステージにいたら、何かが通り過ぎた事を何となく感じただろう


一閃の斬撃が、秋葉原を突き抜けたのだから
それは放射状に広がり、あらゆるものを貫通し、薙ぎ払われた。
だが、それを知覚出来たのは何人いるだろう

斬撃を刀身から受けたレインマンと、コンピューターの力を借りたピアノ位かもしれない
そして、そのほとんどは何事も無く終わった。 圧倒的な速さの斬撃は、多くの存在を斬られたと思わせなかった。
ただ一人、終末の少女のみを除いて

133 :名無しになりきれ:2010/07/30(金) 22:16:18 0

 雨中の中央通り。
 セレネ近衛隊の面々は、そこにいた。
 避難所でのアイスによる大立ち回り後、渋みながらも応じた爺が隊員達に外へ出ることを許可したのだ。

「…これが、秋葉原なのかよ」

 爺のすぐ傍らに控えた黒学ランを羽織るガタイの良い青年が、ポツリとそう呟く。
 
 路脇に整然と並んでいた街路樹のいくつかは無残な姿でへし折れ、トラックほどもある宣伝カーは歩道を巻き込んで車体を横倒し。
 街灯はくの字に折れ曲がり、アスファルトには蜘蛛の巣のような鋭いヒビ。
 白昼堂々と街を彩っていた美少女ゲームの看板は、泥と傷とで何が描かれていたのかも分からなくなっていた。

 誰が信じるのか。
 たった数十分前までこの荒廃した街は、いつも通りの賑わいを見せていたということを。

 中央通りには、結構な人がすでに集められていた。
 それは、国家権力の威厳がなせる業。…つまり、彼らの意志決定によるものではないということ。
 交わす口数も少なく、生気の失せた顔で、雨に打たれながら誘導に従っているだけ。

 疲弊しているのだ。
 次々と理解の範疇を超えた災難を浴びせ続けられて、思考すらままならなくなっているのだ。
 やがて街が死に、人が死に、その後に訪れるものは分かりきっている。

 誰の目で見ても明らかだ。
 秋葉原は今にも、死のうとしている。

「…これが現実Death。どう評そうと、どう論おうと、今この目に映る光景こそが現実なのDeath。
 わたしたちは、受け止めなければならないのDeath。そして、立ち向かわなければ。…それがいかに、無慈悲で残酷でも」

 爺は、背後の孫娘であるはずの少女の言葉に息を呑む。

 …アイスの言葉には、その齢に似つかぬ『重み』があった。
 爺の記憶では、アイスの年齢はおよそ小学生の中学年ほど。…まだまだ世間の悪意も何も知らず、無邪気な年頃。
 そんな幼い少女が、大戦を生き抜いた爺でさえ身を強ばらせる『重み』など出せるものか。

 不可解なことだらけだ。頭が追いつかない。
 …だが爺は自身に鞭打つように、老い朽ちてなお鋭いその目でしっかりと目の前の光景を見据えた。

「いつまでも腑抜けているでないわ。気を引き締めい。
 いくら警察が張っておるとはいえ、それも絶対の安全と云うには程遠いんじゃからの。
 …そんな危険な状況の中へ連れ出したからには、当然それだけの『何か』があるということじゃろうな?」

「重要なことDeath。…とても、重要なことなのDeath。アイス達の街を、アイス達の日常を守るために」

「…そうか。なら、もうワシから言うことは何もない」

 爺が屈する訳にはいかない。
 隊を預かる爺が屈すれば、その影響は隊全体に及んでしまうのだから。
 軒昂であれ。爺は自らに言い聞かせる。

134 :名無しになりきれ:2010/07/30(金) 22:33:31 0

 曇天の空。
 夏空が広がっているはずのそこには、鈍色の厚い雲が果てまで覆い隠している。

 雨模様になったのはたった数時間前のことなのに、もう長らく太陽の陽差しを浴びていない気がする。
 さっきから身を打つのは、冷たい雨と、耳障りな雨音(ノイズ)ばかり。
 …これ以上雨の中にいると、気が狂ってしまいそうになる。V;;;;;;;;;|,      l;;;;;;|  /゙Y'";;;;;;
  \;;;;;;;;;;;;;;;\      `゛          i--.... ..、     ゙l、;;;;;;;;;;; !      l;;;;;.! ./ ;;;;;;;;;;;;;;;;:
: 早く家に帰りたい。何も知らないフリで、布団の中に潜りたい。
 でも帰る手段がない。タクシーは通らない。駅は封鎖されて運行していない。秋葉原から、出られない。
t 、\;;;;;;;;リi,;;; ! .ト、        _..-''゙ ゙゙̄'''-、L;;;;;;;;;;`''-..、   `''、;;;;;;ヽ,     l;;;;;;;.l/;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
 雨音を劈くように、子供の泣き声がする。
 今はそれでさえ、ありがたかった。
 甲高いそのわめき声が、雨音を少しでもかき消してくれるから。;;;;ヽ,    . l;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;n.
  .ヽ;;゙'' l'、;;;;;;;;.l /;;;.!     ./;;;;;;; /  ,..-‐''ッ  ,,、`'./ ;;;;;;;;;;ヽ, ゙'.l' li.;;;;;;;\,,   .ヽ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;.l,
!、…限界だ。;,iジ;;;;│     ,!;;;;;;/_,  .!  ー゛  .lヽ l;;;;;;;;;;;;;;;;.!  l;;";;;;;;;;;;;;;\   ヽ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;"
;;.l.もう、限界だ。;;;;;;l.     !;;;;;;;;;;/, ┐  、 .i、.iii ゙' ! |;;;;;;;;;;;;;;; l  .!;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;\、 ヽ,;;;;;;;;;;;;;;;;;:
;;;;.これ以上、普通の一般人には耐えられない。   .|;;;;;;;;;;;;;;;;│  .!;;;;;__;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;`'-、,,`''-_;;;;;;;
;;;;; !  .l;;;;;;;;;'~゙゙゙>⊥;.!   .し;;;;;;;;;./  ,i";;;;;;;;;;` !   l;;;;;;;;;;;;;;;;;;}  !;;;; ! .!;;;;__,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;゙ゝ、,゙''-.
;;;;;; !  .!;;;;;,./ '´ `''i;;;}    .!;;;;;;;;.!  /;ヾヘ;i、;;; l  ./ ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;!  !;;;; l !;;;;`'''√''''ー、、;;;;;;;;;;;;;~″
;;;;;;; !  .,!;/゛  ,、 i、.!;;l゙  _,,!;;;;;;;;;;;| .l゙;;;;;;;;;;;;;;;.│  ,!;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;│  !;;;;/.,/;;;;;;;;;;;;\_   `''-、;;;;;;;;
;;;;;;;;;!  .!;;;|、 〃 |}.!;;゙''i .!;;;;;;;;;;;;;;;;凵;;;;;;;;;;;;;;;;;; |  |;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;/  /;;;/ノ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;; ̄ヽ  ゙'、;;;:
;;;;;これまでよく頑張った。  !;;;;;;;;;;;;;;;;!.!;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;.! _.!、;;;;;;;;;;;;;;;;./  /;;;.ゞ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;ヽ  `‐
;;;;;よく発狂することなく正気を保てていた。;;;;;;;;;;;;;;;;;;;.l, リ、'│;;;;;; /  ./丶;;;;;;;;;;;;;;;;;_,,.........、;;;;;;;;;;;;;;`'、
;;;;;;;l゙  l゙;;;;;;.! |";' l !;;;;;;;!、ヽ,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;xv、 _;ヽ.l}、ヽ;;./  ,,/;;;;;;;;;;;;;;,,./ ゛ ,/゙;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;ヽ
;;;;;/  .!;;;;;;;;;ヽ,|、;;;;| l゙;;;;;;_,,..ゞ''i;;;;;;;;;;;;;;;;;;_;_.;;;;;;;;`'' |>,゙l|/;; `゛ ./゙;;;;;;;;;;; /   ┴¬'ー-、;;;;;;;;;;o ィ″
;;;/もういい。もういいんだ。もう、頑張らなくていいんだ。さあ、ゆっくりオ休ミ――――。
".,./ ;;;;;;;;;;;!゙;;;;;;;;,,./ ´   ,i'、   .,,、 `'''、.;;;;;;;;;;;;;;;゙'、 .l;;; l   / ;;;;;;.l  ,/゙;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
ヾ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,r"    ./゙ン′  ヽヽ  `ぃ;;;゙ミi.;;;; l .!;;;.!  l;;;;;;;;;;;.! ./;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,..-''''゙゙゙ ̄ ゙゙̄''-
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;;;;;;;,iリ;;;;;;;;,l/゙;i|八=@  .,..,ii''7ニ'>i、   _,r、/;;;l/ / . !;./   l;;;;;/ ./;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;./  ., ┐   `'、;;゙'、
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135 :名無しになりきれ:2010/07/30(金) 22:36:10 0

 突然、雨空を照らす光。                          ハナ        サカ
 破裂音、いや小気味良い爆発音が灰色の空に打ち上がり、眩ゆい火花を鮮やかに散華せる。

 中央通りに集められた人々は、この場に似つかわしくないそれを目の当たりにする。
 …どこから上がっているのかは、分からない。                      ヒカリ
 しかしそれは、紛うことなく花火だった。赤、青、黄金の閃光が、薄暗い空に一瞬の残像を刻みつけては消えていく。

 それは、オープニングセレモニー。
 夏祭りのそれとはまた意趣を異にした、『開幕』を告げる華やかな号令。

「な、なんじゃ……」
「……始まりましたか」

 やがてパチ、パチと華は消え、花火が終わって静まりかえる。
 …が、突然。…驚愕と混乱のさめやらぬ群衆の中から、誰からともなく、「あれ!?」と声が上がった。
 何処だ何処だと方向を修正しながら視線をさまよわせると、彼らの背後には、

「…ステージ?」

 ……突然路上に現れたのは、組み上がる鉄骨の舞台。
 そしてそれを豪華に装飾する、数々のデコレーションとイルミネーション。
 舞台を映し出す巨大なスクリーン。天井に据え付けられた様々な色の照明灯。…そして、両脇の大きなサウンドスピーカー。
 舞台下部に設置された光線機が、蛍光色の光線で霧雨のスクリーンを突き抜け、雨雲を射貫く。

 唖然とする観客を置き去りに、パァン!、舞台に噴き上がる火花。
 そして、更に大きな衝撃音と共に、…空を覆っていた灰色の雨雲が、爆発するように飛び散った。

 …姿を見せる、鮮やかな夏空。
 久方ぶりの陽光が秋葉原を、中央通りの人びとを、…そして、舞台の上を照らし出す。

《―――大変、長らくお待たせいたしました! こ、これより、三千院セレネ、サプライズライブを開催いたします!!
 えーっ、さ、サイリウム? サイリウムを振り回す時は周囲の迷惑にならないよう――――》

「こ、この声は!」
「どうやら、寸前で間に合ったようDeathね」

 爺の驚愕の声を尻目に、アイスは人知れず安堵する。
 緊張でドモり気味な声、舞台の上に駆け込んできた薄汚れたフードの青年は、間違いなく皆がよく知るあの男。

 やがて青年は舞台袖へと去り、ステージ上に仮初めの彼女が現れる。
 沸き上がる熱気、歓声と嬌声。
 彼女は不適で不敵に微笑むと、宇宙中が歓喜に震える華々しいその笑顔で、高らかに夏空を指差し宣言した。


「さあ…届きなさい 銀河の、果てまでーーーーーーーーーーーー!」


 ドオン、と空に輝かしい無数の破片が浮かび上がる。
 彼女の歌声とほぼ同時、凄まじい衝撃波が街を駆け抜ける。
 それは幾重にも偶然が重なった、きっと宇宙で一番派手で華麗なステージの幕開け。


136 :名無しになりきれ:2010/07/30(金) 22:39:28 0
どぅっはぁ、はぁ……、何とか間に合った……。

(舞台袖)
(ぐったりと突っ伏した青年は、疲弊と安堵が入り交じった顔で力なく呟いた)

(開幕寸前)
(ギリギリで気がついた青年は一瞬にして状況を理解し、近くの電気店に駆け込んでマイクを入手)
(アナログな配線接続で一時的にスピーカーに音声入力し、せめて上演前アナウンスだけでもとアドリブで何とかしたのであった)

にしても、あれってセレネじゃないんだよな……。
誰がどう見たって本物にしか見えねーぞ、オイ……。

(袖から舞台を見ると、そこには舞い散るメラの中で歌い踊るセレネの姿)
(…どうやら立体映像を投影するスクリーンは見当たらない。…ということは、本当に空間上に映像を映し出しているのか!?)

ハハ、ありえねー……。
最近の邪気眼はトンデモ科学も受け持ってんのか……。
…いや待てよ、考えようによっては俺は今、邪気学的革命の瞬間に立ち会ってるんじゃ!?

(古代邪気学でも『科学』に準ずる発明や技術は数多く存在した)
(鷹逸カの持つ数々の【遺産】もその一つ。特に邪気電池は、現在の電池と構造が非常に似通っている)
(このことから、古代邪気世界においても『科学』と呼べるものは存在したのではないか、とする説もあるにはある)

(…が、少数派だ。)
(邪気眼と言えば幻想ファンタジー、という風潮が学会に蔓延している節がある)
(事実、『科学』関連の論文は、一昨年ドイツの研究者チームが発表した、

シャイアーテックスの女性科学者、ヘルツォークの革命的な発明と、それらの実際の使用について
”Herzog's,a female scientist in SHIRETEX,revolutional innovation and their actually usage”

 以来、音沙汰がなくなってしまっているのだ)

だが、目の前の光景は……。
何もない空間に立体映像を投影する技術なんて、科学が発展した現代にも存在しねえぞ!?
せいぜい水をテレビ代わりにするのが精一杯……。

これだけ高い水準の技術があるってことは、邪気世界でも科学が重視されている何よりの証拠!
今の学会の通説を引っ繰り返すことができるかもしれねえ!!

ってなると、授業のシラバスをがらっと変えなきゃいけねえよなぁ。
伝承と科学を5:5の割合にして、すると教科書を新たに増ページしなくちゃいけねえよなぁ、削りに削って200pぐらいかなぁ。
むひひじゅるり、資料室に眠る数々の貴重な資料が日の目を見る時が来たぜぇえ!

(その肝心の資料室は今現在大変なことになっているが、鷹逸カは知るよしもない)
(ともかく鷹逸カは袖のさらに脇へと引っ込み、適当なパイプ椅子に腰掛けてしばし休むことにした)

(深く息を吐く。)
(それだけで、今まで蓄積した疲労が、どっと広がるように全身を鈍磨させる)
(無論、意識も例外ではなく)

レインマンとレイは、上手くやれたのか……。
ピアノは……あの小人って結局何だったん……だ……。

(無意識の底へと、落ちていく。)

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